「料紙のよそおい」展@五島美術館

簡単にメモを。

聖武凄かったですね。19行(1)、5行(2)、計24行(3)、7行(20)の合わせて55行と豪勢な展示。しかも、これで五島美の所蔵するすべてではないという。染紙帖に5行、筆陣毫戦に5行の少なくとも10行が別にあります。大聖武ではよくみる白い荼毘紙と色調の異なる紙の2種類ありました。もともと違う色のを交用していたのか、それとも変色によるものなのか。後者はいわゆる赤聖武

聖武3巻(4・5・6)は今更一部一切経かも。だとすれば、4は山部諸公筆、5と6は他田嶋万呂筆。山部諸公は善光朱印経の首楞厳経の筆者山辺諸公と同一人物でしょうか。4は比較的線も太く丁寧で堂々とした字、5と6はおそらく同筆で奈良写経としては粗く早書きに見える癖のある字。山部諸公と他田嶋万呂はともに聖語蔵に筆跡が残るので、比較すれば同定は可能です。いずれも原表紙か。

紫紙金字経(7・8・9)。9は最勝王経とのことですが、調べてみると華厳経の巻67で、7・8ともと一具だったもの。根津美に出てるの断簡が同じ巻67ですね。7の巻61と8の巻63は同筆とのこと、確かにそう見えます。9の巻67は異筆でしょう。

二月堂焼経(10)は、かなり銀字がきれいに残ってます。対して金銀交書法華経(11)の銀字はひどく薄れてしまっています。なお、根津美に出てる巻7巻末断簡がツレかも。今回の展示ではいつもより金峯山埋経(13)が見やす気がします。好きな方はおすすめ。紺紙金字経3巻の秀衡経(13)・神護寺経(14)・荒川経(15)。見比べるとけっこう違いがありますね。見返し絵は13が抜群、15の紺紙は他と比べ明るめ、13の金字は少し赤みがかっており、15のは輝きが少し鈍い。

蝶鳥下絵経切(18)は28行の大断簡。蝶鳥下絵経切の下絵は十数行もしくはそれ以上の幅をひとまとまりとして描かれているので、下絵を見るにはこういう大断簡でないと。

手鑑 鴻池家旧蔵(20)。太秦切の宝塔が幽かにほんの幽かに見えます。初めて確認しました。ちょっと感動。なおこの宝塔について銀泥で描いているというように説明されていました。銀泥と断定する根拠は不明ですが、たとえば11の銀字の薄れ方などを見ると確かに銀泥かなあとも。描くのは大変そうなので擦るなり捺すなりしたような気がしますが。覚誉親王の懐紙について「『法華経』の摺経の紙背を利用」との解説、順序が逆ではないかと。

蓬莱切(23)と亀山切(24)は根津美では展示のなかった平安時代の雲紙。亀山切の雲がいいなあ。なおともに雲母砂子撒きとのことですが、見えません。戸隠切(37)の宝塔も見にくかったです。この辺は特製ライトを準備した根津美に軍配といったところ。考慮しているだろうとはいえ、その分強い光が当たっているというのは気になるっちゃ気になりますが。

久能寺経2巻はともに結縁者名の書かれていない巻。ヘレーネ・アルトさんは序品(54)は崇徳天皇、法師功徳品(55)は高陽院泰子と推定されています。法師功徳品に型を使って斜めに区切った砂子撒きがありますね。

装飾観普賢経断簡(56)は帝京大学総合博物館での「日本書道文化の伝統と継承」展に出ていた金銀箔装飾観普賢経断簡のツレかなあと私が推測しているものです。装飾法華経陀羅尼品(57)はおもしろい書き方をした写経。太い字で書いてあるかと思えば細い字に変わり、1字置きに太い細いを変えたり、文字の右側を太く左側を細く(または逆)の行があったりと数行ごとに変化します。

観普賢経(64)はいわゆる目無経。目無経と言えば金光明経と理趣経が有名で(染紙帖(19)は金光明経の断簡のところを開いてましたね)、他に華厳経巻53の断簡を東博とハーバート・アート・ミュージアムが所蔵しています。さらにこの観普賢経と、とりあえず3種類。白描下絵梵字陀羅尼経(64ほか諸家蔵)も含めれば4種類。他にもあるのかな?

鹿下絵和歌巻断簡(70)は、鹿2頭しかいない寂しいところですけど、牝鹿が牡鹿をふりかえる素敵な絵。小倉山荘色紙和歌(74)、1帖と1幅。掛幅に仕立てられた1葉のみ具象の継ぎ紙でした。興味深い。江戸時代の継ぎ紙って他にありましたっけ?

「主な本展関連用語」という用語集が配布されていました。その「漉染」の解説、

紙を漉く時に装飾する染紙の技法。藍や紫の染紙を水に浸け、漉く前の状態(紙素/繊維状態の紙の素)に戻し、新たな紙を漉く際にそれで着色する。

これは、前々回の記事でいうところの「漉き掛け」の説明にあたるものですね。この「漉染」を用いたものとして、藍紙本万葉集切(26)と泉福寺焼経(29)が挙げられ、今城切(28)については「外見からでは「浸染」「引染」「漉染」かの判断が難しい」とのこと。