「はじめての古美術鑑賞 紙の装飾」展@根津美術館

根津美術館で開催中の「紙の装飾」展に行ってきました。そのメモと感想です。

料紙装飾に関する展示で、展示の中心は古筆切でした。古筆切は切断される前はたいてい本であって、ということは古筆切に施された装飾も本を見るような距離角度で見るのがもっとも装飾効果の大きい見方であると言えます。ですから、掛幅装にしてあるものを壁に掛けガラス越しに遠目に見てしまうと、その効果を味わうのは難しい。とくに厳しいのが雲母砂子で、壁に掛けてあるとまず見えないものでした。

しかし、今回の展示では特製ライトが用意されていて、そのおかげで雲母砂子がよく見えたのです。ちょっと感動でしたね。このライトがあったからこの企画ができたんだろうなと思われるほどの素敵な道具。根津美術館は壁沿いの展示ケースが多く、距離を短くするのが難しい。そのため料紙装飾の展示は難しいんじゃないかと思っていましたが、素晴らしい工夫で魅力的な展覧会になりました。

解説も料紙装飾を中心としいて、書や出典に関するものなど他の事柄は控えめなところも好感でした。紙の展示だ、書を見るな紙を見ろと。欲を言えば、浮気せずにもうちょっと料紙装飾に徹底的でも良かったかもしれません。

なお、前の記事でも触れましたが、スライドレクチャーに参加された方がメモを公開されています。

はじめての古美術鑑賞ー紙の装飾ーメモ|けろみんのブログ

メモということもあり、誤字やおそらく誤解されているのではと思うところもあるものの、もとは学芸員さんのお話ですし非常に参考になります。こういうメモを作成し公開するのは面倒だろうなと想像されるところ、参加できなかった身としてはほんとうにありがたく思います。

雲母に光を!

先述の通り、この展覧会での一番の見所は特製ライトでよく見える雲母装飾。1から3が雲母砂子で、4から13が唐紙(雲母摺り)です。ライトは左側から当たっていて、右側から見ると雲母がきれいに見えました。

1. 小島切

雲母砂子撒き。雲母砂子は密に撒かれています。ツレには飛雲が漉き掛けられているものもあります。飛雲は片面のみに漉き掛けるのが通常で(例外は元暦校本万葉集と中院切後拾遺集)、この断簡は飛雲のない裏面なのか、それともそもそも飛雲のない紙も交用していたのか。

2. 大字朗詠集切

染紙に金砂子と雲母砂子撒き。キャプションからするに銀砂子も撒かれているかもしれませんが、確認できず。正面から見ると雲母砂子は見えませんが、右ななめから見ると金砂子とは輝きの違う粒があり、それが雲母砂子でしょう。光の当り方で輝きの異なるものを混ぜて用いている魅力的な装飾。

3. 伊予切

飛雲紙に雲母砂子撒き。雲母砂子の撒き方は小島切に似ています。

4. 本阿弥切

布目打ちの紙に具引きをして雲母で夾竹桃文を刷りだした舶載唐紙。布目打ちは紙漉きのときに布を押し付けて布目の文様をつける技法。書写材料として紙よりも絹が珍重されていた伝統を踏まえ、絹地っぽさを紙に表現した技法でしょうか。ということを踏まえると、唐紙に施された文様のベースにあるのは絹織物の文様なのかもしれない(雲母の光沢が絹の光沢と通う?)と思いつきましたが、どうでしょう?

5. 太田切

舶載唐紙に金銀泥下絵。2紙呼び継ぎ。右紙は状態悪く文様不明、左紙ははっきりしていますが何文だろ? 紙幅が狭く特定できませんでした。ともに布目打ちをしていると思います。金銀泥下絵は日本で描かれたもの。下絵の感じは、展示品の中では後出の蝶鳥下絵経切が1番近いでしょうか。

6. 松葉屋色紙

舶載唐紙、波文。これよかったですね。『館蔵 古筆切』に掲載の図版とは全く見違えるくっきりと輝く波文。

7. 民部切

唐紙、鳳凰唐草文。舶載唐紙説がある一方、和製唐紙でありかつ粗悪で時代の下ったものだという説もあり、書写年代も11世紀という意見もあれば、鎌倉時代まで下がるという意見もあり、果ては炭素14年代測定で江戸時代という値が出たりと諸説紛々です。ガラス越しに遠目に見ても粗悪な作りかどうかは、私にはよくわかりませんでした。

8. 巻子本古今集

3紙(もとの継ぎ)。舶載唐紙。第1紙は青系統の色の具引き地に蓮唐草文。第2紙と第3紙は褪色しているのかぼんやりした色ですが、もとは薄い赤系統の色だったでしょうか。前者が牡丹唐草文、後者が獅子二重丸唐草文かな。蠟箋だったかもしれません。記憶曖昧。

9. 尾形切

和製唐紙、二重複丸唐草文。銀泥下絵。上にリンクを貼ったのスライドレクチャーのメモでは「さらに鳥、草花を銀泥で捺す」とあります。すなわちスタンプのようにペタペタ捺したものだということでしょうけど、どうなんでしょう? そういう可能性もありますが、未確認。公式サイトでは「銀泥で(略)描いた」と書いてますね。

10. 東大寺

2紙。和製唐紙、右が七宝繋文で左が菱唐草文。

11. 戸隠切

和製唐紙、宝塔文。この展覧会では白具引きの上で雲母摺りとしています。一方、髙橋裕次さんは「日・中・韓の料紙に関する科学的考察」(『東京国立博物館紀要』47所収)のなかで

 薄墨色にみえるのは(略)漉き返した紙を使用しているためである。
 和製唐紙では、具引きを施さず、素紙に版木で文様を摺り出した唐紙が作られるようになる。型文様を摺り出すには、紙に布海苔や礬水などを塗布して滲み止めを行なう必要がある。この種の料紙を四辻秀紀氏は「糊引きの唐紙」と称している(24)。
(24)四辻秀紀『彩られた紙 料紙装飾』徳川美術館、2001年

と具引きではないという説ですね。野尻忠さんは『平安古経展』(奈良国立博物館)で

戸隠切は、白の色料を薄く引いた紙に

これは具引き説でいいのでしょうか。

12. 鶉切

和製唐紙、殿舎と唐子文。これも素晴らしかった。鶉切は東博で2度手鑑に押されていたのを見ました。1度(毫戦)は文様確認できず、1度(月台)ははっきり見えましたけど、ただ今回のほうがくっきりと輝いていましたね。特製ライトの効果でしょう。

13. 壬二集和歌色紙

唐紙、大振りな楓の葉の文様。

「染め」のバリエーション

染め紙、および漉き染め(漉き掛け)と、漉き掛けの技法を用いた飛雲紙・雲紙が並ぶところ。

染めの解説の中に「はじめは防虫を兼ねていたのでしょう」とあります。この話よく聞きますが、明確な根拠はあるのでしょうか。宍倉敏さんは「科学の眼で見た奈良朝古経料紙」(『水莖』28所収)のなかで、防虫目的説に懐疑的な意見を述べています。

 キハダ染めの主な目的については次のようにいわれている。

写経料紙の90%は黄紙である。これ程までに黄紙が多用されたのは、黄の染料となるキハダの皮ににがみがあり、それが防虫の効を有し経紙の染料として最もふさわしかったからにほかならない。
河田貞「和紙文化と仏教」(別冊太陽『和紙』一九八二年刊)

 紙を喰うヤマトシミ・シバンムシ・ゴキブリ・シロアリなどの虫類が、人間が感じると同じようにはたしてにがみを感じたかどうか、疑問に思う。キハダの残留物はC染色液で紫色に反応しているので澱粉質に近似ということになる。となれば、紙を喰う虫達には反対に好まれたはずである。
 むしろこの時代におけるキハダの多用は、白い紙よりも蛍光発色性のあるキハダで染めた黄色の紙に書いたほうが、墨色が鮮明に見え、電灯のない薄暗い部屋でも読んだり書いたりしやすいためではなかったかと考える。

重要なのは当時の人が効果があると思っていたか否かであり、実際に効果があるか否かではないので、否定の根拠としては弱いかなとは思います。ただ、見やすいというのはさもありなんという感じ。

ついでに、いま書いている途中でふと思いついた案を1つ。写経などでは界線が引かれます。これはかつては簡牘に書いていた名残だという話です。ならば色も合わているんじゃないか。

14. 註楞伽経巻第四断簡

キャプションでは当該断簡の染を直接語らず、一般論として「写経の料紙は、黄檗の樹皮や橡(どんぐり)で染めた黄色または褐色のものが多い」と語るにとどめています。

15. 紫紙金字華厳経巻第六十七断簡

紫紙は紫根染め。浸け染めなのか刷毛染めなのか明記はしてません。髙橋裕次さんは前出論文のなかで、この華厳経と非常によく似た金光明最勝王経(いわゆる国分寺経)について

染料が繊維の所々に付着しているのは引き染めによるものであろう

と引き染め(刷毛染め)説を唱えています。一般的には浸け染めと言われることが多いように思いますが。

16. 紺紙銀字華厳経巻第五十(二月堂焼経)断簡

藍染。浸け染めなんでしょうか。

17. 紺紙金銀字法華経巻第七断簡

藍染。16と同じく紺紙と表現されますが、より暗い色調の紺紙です。この差は、状態の問題なのか、染めの濃さの違いなのか、染め方の違いなのか、それとも原料から異なっているのでしょうか。キャプション「紫や紺を濃く染めるためには、何度も染料に浸けては乾かし、さらに何度も打ち紙をしなければならない」からするに、15から17の3点は浸け染めという見解なのでしょう。

18. 無量義経

茶の染め紙に金砂子撒き。染め方は紙背を刷毛で染めたもので、表の色はそれが表まで滲んだ色だとのことですが、そんな染め方でこんなにきれいに染まるんですね。

19. 華厳経巻第三十七(泉福寺焼経)

藍紙に金砂子撒き。金砂子は18よりも大きめで不整形、揉箔と呼んだほうがいいでしょうか。この藍紙は前回の記事で言うところの漉き染めなのか漉き掛けなのか。

20. 香紙切

茶の染め紙。どういう材料でどのように染めたのかという話が知りたかったのですが、キャプションに書いてあるのは「不羈奔放な書風」だとか関係ないことばかりなんですよね。不徹底さを感じたのは、たとえばこういうところ。

21. 今城切

藍紙。この作品の前に「漉き染め」の解説がありました。

藍色に染めた微細な繊維を無色の繊維と混合して漉く技法

この説明を読む限り、(前回の記事の用語を使えば)漉き掛けではなく漉き染めということになろうかと思いますが、さて。

22. 棟梁集切

濃い藍紙に銀砂子撒き。キャプションでは不明ですが、スライドレクチャーでは「たくさんの藍染紙を繊維にして混ぜ漉いたので色が濃い」と漉き染めと解説されていたようです。図版を見る限り表面にモヤモヤとした感じがあるので、漉き染めなり漉き掛けなりを使用してるようには見えます。いずれにせよ、こんな濃い色もでるんですね。

23. 和泉式部続集切

2紙呼継ぎ。右は薄い藍色で、左は染めていない紙(素紙)でしょうか。

24. 愛知切

丁字吹き。裏は見えません(おそらく剥いでいる)が、裏も丁字吹きされていたようです。吹き染めの染め方についてスライドレクチャーでは

竹の筒に目の荒い布を貼り、そこに染料をつけて息を吹いて紙に吹き付ける、または網の上から染料をつけたブラシを擦り紙に染料を散らす方法。
丁子染めである。丁子はクローブのこと。色が似ているからか、本当に丁字を使ったかは不明。

と解説されていたようです。この写経はもともと法華経開結合せて10巻あったと思います。大量の料紙が必要になります。同じ装飾で統一したとすれば、それらすべてを息を吹いて染めるのは大変そうです。こういった大量の料紙を染める必要がある場合は息で吹きかけたものではないのでは。とすれば、もう1つの方法を使ったのでしょうか。

25. 名家家集切

飛雲紙。飛雲は時代が古いほど大きく、下るに従って小さくなっていくと言われています。比較的時代が古く大きい飛雲。

26. 難波切

飛雲紙。名家家集切に比べると飛雲は小さめ。

27. 中院切

飛雲紙、金銀砂子撒き。難波切と同じくらいの大きさ。なお、1で話題にした元暦校本万葉集の断簡の1つが上の難波切で、これが中院切。通常飛雲は横長ですが、縦長になっています。そのように漉き掛けたのか、それとも縦横を回転させて使用したのか。一般的に言われるのは後者。

28. 八幡切

天地紫の雲紙。

29. 八幡切

天地藍の雲紙。

30. 三十六歌仙短冊貼交屏風

天藍地紫の雲紙。雲紙は14世紀ごろを堺に変質するといわれ、それ以降の雲紙は雲の際がはっきりとし、また繊維が大きく目立つようになるとのことですが、28・29と30にはあまり違いを感じませんでした。今回展示はないですけれど、平安時代の雲紙は確かに違うような気もします。

金銀の多彩な飾り

金銀泥下絵と金銀箔散らしによる装飾です。

31. 蝶鳥下絵経切

茶染(丁字吹きか)の料紙に金銀泥下絵、金界墨書。蝶鳥下絵経切は幾種類か残っています。これはそのうち最も有名な丁字吹き料紙が使用された1部のうちの断簡であると思いますが、見た感じ丁字吹きに見えないんですよね。キャプションでもそういった指摘はなく。不思議。下2つと異なり、そして前出太田切と同様に金銀泥両方を使って描いています。既述の通り、絵柄も比較的太田切に似ています。

32. 下絵朗詠集切

金銀の小切箔や砂子を銀主体に撒いた料紙に銀泥下絵。絵柄自体は両隣に比べ簡略化されて文様化してますが、濃淡の使い分けはいいですね。

33. 下絵拾遺抄切

銀泥下絵。32と比べ濃淡をつけないベッタリとした描き方ですが、絵柄は精緻に描かれています。

34. 烏丸切

茶の染め紙に金銀箔撒き。烏丸切は飛雲紙が使われていますが、これは飛雲のない側です。

35. 砂子切

染め紙に銀砂子撒き。何色といえばいいんでしょうか、青系統の暗い色。この章のうち32・34・35の箔の撒き方は、一面にだいたい均等に撒くという点で似ています。次の2点は霞引きで異なる撒き方。

36. 戊辰切

雲母引きに金銀の砂子と大小の切箔を霞引きに撒いた料紙。

37. 箔切

金銀箔砂子と銀の野毛を霞引きに撒いたもの。36の幅が狭いのでちょっとわかりにくいのですが、同じ霞引きとはいえ、大きな箔を用いる36と、銀野毛を用いより多くの霞を引く37にはかなりの違いがあります。

38. 五徳義御書巻

金銀箔砂子撒き、金泥下絵。砂子撒きは型紙も使用しています。砂子撒きで型紙を使用するのは、すでに源氏物語絵巻の詞書で見られます。三十六人家集ではまだ使われていない?

39. 花卉摺絵古今集和歌巻断簡

金泥刷り、蔦と竹の文様。刷りものであるにも関わらず色にムラがあります。スライドレクチャーによると「膠で解いて塗ると一様にならないところを利用し面白い濃淡を作った。琳派のたらしこみなどの技法に繋がっていく」とのこと。

40. 平家物語画帖

金箔撒き金泥下絵。質のよさ、状態のよさ、ライティングが合わさって、非常にギラギラと眩しく輝いていました。泥は膠で溶くので箔より輝きが鈍ります。箔と泥の輝きの差をうまく利用しつつ装飾している感じがあります。

41. 百人一首画帖

金銀泥下絵、金箔砂子撒き。右頁に描かれた植物らしきもの、照りのあるごく薄い緑の色料、これなんでしょう?

42. 風俗図

金箔砂子撒き。雨や雲を表しているということですけど、今ひとつわからず。見慣れれば見えてくるのかな。

43. 勅撰集和歌屏風

いろいろな技法を用いておりよくわからないものの、豪華ですてきな屏風です。上記のスライドレクチャーメモが参考になります。

さまざまな装飾技法

44. 大聖武

荼毘紙、具引き。チラシとスライドレクチャーでは胡粉に檀の表皮の粉を混ぜて塗布したとの説ですが、キャプションは「漉きこまれた檀の表皮の粉末」と紙に漉き込まれてる説ですね。

45. 巻子本古今集

舶載の蠟箋、獅子二重丸唐草文。蠟箋は雲母摺りの唐紙と一括りにされ同様に唐紙とも呼ばれますが技法的には異なります。紙の文様をつける方を表とします。雲母摺りの唐紙は版木に膠と布海苔で溶いた雲母の粉末を付け、具を引いた料紙の表側を下にして、表に雲母の粉末を写しとる装飾法です。一方、蠟箋は紙の具引きをした表側を上にして、何も付けない版木の上に置いて擦り、版木の文様の形に艶を出す技法です。同じ版木を用いると唐紙と蠟箋とで文様は反転します。

46. 和漢朗詠集巻下断簡

具引き地に桃の枝ほかの文様。会場内にある蠟箋の解説の後段「鏝で焼色をつけたもの、それに擬して色で摺り出したものもある」に当たるものでしょう。焼唐紙と言われたりもするものですよね。実際に鏝で焼色をつけた(すなわち熱を加えて文様をつけた)ものが実在するのかどうか存じませんが、これは茶色の染料で摺ったものかな。

47. 白氏詩巻

薄茶の紙に濃い茶で鯉の文様と鴛の文様の2紙。これも焼色ではなく摺りでしょうか。こういうところの説明が足りないなあと。

48. 筋・通切

古今集断簡。2紙呼継ぎ。右片が筋切で、銀砂子撒き銀泥下絵。左片が通切で、布目打ち、銀砂子撒き。もと1枚の表裏で順番通りに並んでます。スライドレクチャーでは通文様は篩を使ってつけたという解説がなされたようで、前回の記事で疑問を呈しましたが、展示キャプションでは布目と書いてますね。

49. 相生橋

墨流し

50. 嘉元百首切

墨流し、金銀箔砂子撒き。型紙で糊を置きそのあと金銀砂子を撒くことによって型の形に砂子を撒く手法で絵や文様を描きます。泥は金銀粉を膠で溶くので輝きが鈍りますが、この手法だと鈍らず絵が描けます。砂子を撒くとき型紙を使うのは、源氏物語絵巻の詞書ですでに見られるという話は既にしましたが、こういう細かい図柄のものだと13世紀初頭と推定される慈光寺経の授記品が古いところでしょうか。蒔絵でも型は使いそうですけど、影響関係はあるのかな?

51. 巻物切

50と同様の型紙を使った砂子撒きが見られます。キャプション曰く14世紀初めころから、型紙の使用が目立つようになるとのこと。

52. 本願寺本三十六人家集(模本)

ぼかし染め、継ぎ紙、箔撒き、下絵、唐紙などをバランスよく選んで展示していました。

53. 石山切(貫之集下)

銀砂子撒きに銀泥下絵

54. 石山切(貫之集下)

継ぎ紙に金泥下絵。宗達紅白梅図屏風を思い起こすような形の継ぎ紙です。

55. 石山切(伊勢集)

銀砂子撒きに銀泥下絵。

56. 岡寺切

濃い藍の染め紙に金銀砂子撒き銀泥下絵。スライドレクチャーでは漉き染めとのこと。

57. 平家納経(模本)

平家納経のなかでも選りすぐりの4巻といったところでしょうか。