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「時代を映す仮名のかたち」展@出光美術館

中世古筆を中心とした展示で、会場内の解説が少なくなかなか難しい展覧会でした。図録読んで勉強してまたうかがおうかと思いますが、その前に簡単に平安古筆の一章のみについて簡単にいくつかのことを。

1. 高野切

この展覧会では高野切の展示は2葉で、この掛幅と手鑑「見努世友」所収の1葉。いずれもじっくりと眺めたのですが、雲母砂子は見えませんでした。五島ではあれだけはっきり見えたんですけどね。

図録解説(以下断りのない引用はすべて図録解説のものです)

料紙は麻紙の白紙で、雲母の砂子が一面に撒かれてる。

髙橋裕次さんの「日・中・韓の料紙に関する科学的考察」では、東博所蔵の巻19断簡(列品番号B-2983、古今和歌集巻第十九断簡(高野切本) - e国宝)の料紙について

高野切の料紙については、従来より、厚手の麻紙風の紙などと表現されているが、顕微鏡による観察では、雁皮紙を主たる成分としており、料紙中に短く切断された藍繊維の混入が確認できることを考えると、漉き返し紙である可能性が高い。

と麻紙ではなく雁皮を主成分とする紙だと書かれてます。様々な紙が交用される可能性はあるので、出光断簡は麻紙であるかもしれませんけれども。

3. 如意宝集切

もと素紙の巻子本。

田中登さんは冊子本説を取ってますね。

現存の如意宝集はもと四半形の冊子本であったかと思われるが、縦の寸法が二五センチにも及んでおり、これは通常の四半本よりやや大きめの、いわば大四半本とでも称すべきもので、それが切断されると、ややもすれば巻子本を切ったものと見られがちなことは、まま例のあるところである。

Kansai University Repository: 『古筆名葉集』 記事内容考

手鑑「月台」に貼られた断簡(手鑑「月台」 如意宝集切 - e国宝)には綴じ穴が見られます。たぶん冊子でいいと思うんですけど、どうなんでしょうか。

4. 端白切

新出だそうです。これすごい状態がいいんですよ。私が今まで見た端白切とは雲泥。唐紙の文様も筆跡もはっきりと残っています。確かにこれも周囲は白くなっているのですが、これだけの美品でこんな感じの褪色をするのかなあと。確かに図版で見ると端の白い部分にも中央の青色の痕跡は感じ取れるんですけどね。

5. 石山切 伊勢集

今回石山切は3葉出てます。1番はこれでしょう。破継。上の白い布目打ちの紙の白色が美しい。左下の唐紙は、会場で見たものは少しだけほんの少しだけピンクがかった白でしたね。図版では少し色が違うように見えます。この1葉はとくに図版で見るのとは印象が全く異なりました。もちろん言うまでもなく、段違いに実物がいいんですよ。

6・7. 継色紙

十世紀頃までは区別されていたア行とヤ行の「エ」の書き分けが見られる。

平安古筆の名品展@五島美術館 - ときかぬ記」に書いたとおり、私の調べた範囲内では書き分けたと断定できなかったのですが、調べが甘かったのかな。古筆学大成出版以後に発見された継色紙は「よしのかは」(文化遺産データベース)のみでいいのでしょうか。だとすれば、この断簡は「え」を含まないので、私の考えは変わらず。

10-10. 糟色紙(粽切)

伝公任筆の後拾遺集抄出本と考えられる写本。破継の料紙。これ期待していたのですが、あまり見栄えしなかったですね。もうちょっと強い光を当てればよく見えるかも。もちろん保存第一なので当てなくていいですけれど。

もと綴葉装冊子本

『古筆大辞典』の「後拾遺集切(源俊頼)」項では粘葉装と書かれています。はっきりしたことは言えませんが、粘葉じゃないかなと私は思いました。あとで調べます。

10-11. 堺色紙

いいですねえ。今回一番見とれてたのはこれです。

16. 和漢朗詠集 巻下

荒木切はさまざまな料紙を交用してます。展示品は雲に飛雲を合わせたもので珍品。荒木切でも現存4葉、ほかの写本で使われてるというのも聞いたことないです(単に私が知らないだけかもしれませんが、珍しいことは変わらず)。

平安古筆の名品展@五島美術館 - ときかぬ記

と書いたばかりで、この久松切本が出るというね。すっかり忘れてました。なお、五島に出てる上巻の断簡は飛雲だけで打雲はありません。以前、出光でこの巻下の別の箇所が出ており拝見したと思うんですが、そこも打雲はなかったはず。全体的にどのように装飾料紙を使っているか気になります。機会があれば調べようかと。

19. 梁塵秘抄

この梁塵秘抄の断簡については、以前「後白河院自筆説はどうなったのでしょうか? - ときかぬ記」で取り上げたことがあります。古谷稔さんがこの梁塵秘抄切4葉について、一筆でかつそれは撰者後白河院の筆跡だと主張したのに対し、小松茂美さんが複数筆跡がありかつそのなかに後白河院の筆跡はないと論争になったものです。

今回の図録では

美麗な料紙への染筆は能書によるものと推測される。『梁塵秘抄』は、治承三年(一一七九)の成立であるが、本作品は成立年代をあまり降らない頃の書写と考えられる。筆跡がやや異なるが、他に二葉が知られる。

と複数筆者説を取り、かつ後白河院筆説には触れていません。なお、他に3葉で計4葉ではないかと。

単なるミスなら構わないんですけど、うち1葉になにか問題でもあったのか。

22. 右大臣家百首切

この断簡はかなり紙背の文字の裏写りが濃いですね。もともと巻子本で裏の白紙を表に袋綴に改装して何かが書かれていたらしいですが、何が書かれていたのでしょうか。

24. 中務集

内、二丁に丁字を用いた叢と板子の下絵がある

この下絵のあるページを展示していて、何で描いているんだろうと疑問に思ったのですが、丁字だったんですね。