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細字法華経の「其不在此会」の「会」字と「歓喜未曾有」の「有」字

現在、東博法隆寺宝物館にて、国宝の細字法華経法隆寺献納宝物)が展示されております。

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私はまだ見に行っていないんですけどね。これは、前回の展示の時の写真です。前回同様、この写経の入れ物である経筒も一緒に展示されているようです。

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写経のほうが太くて、入らないように見えるのですが。。。

軸は特別太いように見えないので、裏打ちで一回り大きくなってしまったのでしょうか。

それはさておき。この細字法華経にまつわるおもしろい伝説があるので、ご紹介します。なお今回のネタ本は飯田瑞穂さんの「小野妹子法華経将来説話について」*1です。かなり端折っていますので、詳しく知りたい方はそちらをどうぞ。また、他に参考になる文献がありましたら教えて下さい。

さて、その伝説。

と、これが真実だとすれば、この細字法華経はとんでもなく由緒ある経巻であることになるわけですが、実際はこの伝説は穴だらけなんですよね。

  • 生まれ変わりなんてあるわけないだろという根本的なツッコミは脇に置くにしても、慧思(515-577)と聖徳太子(574-622)の生存期間が被ってしまっている。
  • 細字法華経には「長寿3年」(694)の年記をもつ書写奥書があり書写年代が知れるが、これは慧思の生存期間以前であるどころか、太子没後70年以上たっている。
  • 法華義疏が注釈をしている法華経は提婆品を含まない27品本である一方、細字法華経は提婆品を含む28品本である。

と、まあ、デタラメ放題なんですが、しかし、この伝説はなんと奈良後期まで遡ることができるというんですね。奈良後期といえば1200年以上前。さすがにこれだけ長い歴史があると無下にはできません。

そしてもちろん、長い歴史があれば、伝説も変化したり派生が生まれたりします。

上のツッコミの中で一番問題視されたのが提婆品の有無でした。そこで例えば、妹子のもたらした写経は間違いで、太子があらためて慧思時代に使っていた経巻を青竜車に乗って取りに行ったのだという話になったりします。

そんないろいろある派生のひとつにこんな話があります。飯田さんの論文注(18)

また聖徳太子伝私記等によれば、この経には五百弟子受記品の「不在此会」の「会」字と「歓喜未曾有」の「有」字とに焦痕があつたらしい。前世所持の経に焼けた箇所、或は虫損のあつた為に、後身に於いてその所のみ記憶できなかつたといふ説話は例が多く(略)この場合、特にこの焼字について説話の発展は見られないが、これらの説話と何等かの関係が存した痕跡なのであらうか。実際に焼けた痕があるのかどうか、この経について詳細な調査を行はれた兜木正亨師にお尋ねしたが、記憶しないとのことであつた。他日若し拝見の機を得たならば、これらの点についても確かめてみたい。


聖徳太子伝私記とは13世紀前半の法隆寺の僧である顕真が編纂したもので古今目録抄とも言います。顕真自筆本が現存し(東博蔵、法隆寺献納宝物)、e国宝で画像が見れます。当該部分

      所入経一巻小字
一行ニ書卅四字黄紙木軸入玉
入栴檀別筥此御同法之持
経也而同法之好眠走火焼
其不在此会之会字歓喜未
曾有之有字

この論文が書かれた1962年当時、飯田さんはこの焦痕があるという箇所を確認することはできませんでした。亡くなるまで30年ほどありますし、後に図版も出たようなので、なんらかの形で知り得たと思われますが、少なくともこの当時は研究者であっても簡単に当該部分を見ることはできなかったわけです。

しかし、今なら、細字法華経は巻頭から巻尾まで漏らさずすべてe国宝で見れるので、誰でも簡単に確認することできるのです。いい時代になりました。

では、その部分を見てみましょう。まずは「其不在此会」の「会」字。確かに、穴があいて読みにくくはなっていますが、焼痕? 続いて、「歓喜未曾有」の「有」字。こちらも同様に穴があいていますが、焼痕なのかなあ。しかし、ズームアウトしていただくとわかりますが、傷んでいるのこの2字だけじゃないんですよね。この2字の周囲とその間はかなりボロボロ。しかも、全巻通じでここだけやけに状態が悪い。なぜなんでしょう?



なお、同時に展示されております梵網経にも興味深い伝承がありますので、ご興味ある方はこちらもどうぞ。

ouix.hatenablog.com

*1:坂本太郎博士還暦記念会[編]『日本古代史論集 中巻』(吉川弘文館、1962年、NDLサーチ)所収。また確認していませんが、『聖徳太子伝の研究 飯田瑞穂著作集1』(吉川弘文館、2000年、NDLサーチ)に所収のものは、この再録でしょうか。