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水で文字を消す

筆と墨で文字を書いていた昔、間違えたときなど訂正の必要がある場合には、もとの文字を消す(消したことにする)のにいくつかの方法がありました。例えば、ある程度厚さのある紙であれば擦消と言って紙ごと削るという手があり、また見せ消ちと言って抹消記号を書くという手法もあるし、貼紙を用いたり、重ね書きをしたり、墨で塗りつぶしたり、胡粉や白緑などで塗りつぶしたり。

そして、更に、水で文字を消すという方法があるようなんですね。栗原治夫さんの「奈良朝写経の製作手順」*1より。

 誤りの訂正としてはこれも種々の方法がとられるが、(略)墨の乾かぬうちに水で洗い流して訂正する方法(洗消とでも呼ぶべきか)(略)などがある。
 (略)
 洗消による訂正は書写作業中の訂正になるものが多いのではないかと考えられるが、その証明のつかぬものが多い。行頭に校正符号のない場合などはこの例に入るのではなかろうか。但し洗消は一字から数字の訂正に限られ一行に及ぶものはないようである。

また杉本一樹さんの「正倉院の古文書」*2には「訂正あれこれ」として「御野国加毛郡半布里戸籍」の部分図版のキャプションに。

① 洗消による訂正 御野国加毛郡半布里戸籍
通常の擦消⑧の変則タイプ。べつに水をかけて洗うというのではなく、ちょっと湿らせて擦消す程度。用語自体が仮使用中である。婢の記載に関わる訂正箇所を中心に、大きく輪ジミが広がる。(続修 第3巻 表 一63~64)

というわけで、水で文字を消すという方法があるようなのですが、ここでふたつ疑問があります。

ひとつはもちろん、水で消せるの? という疑問。いま書道で使うような半紙とは異なり、墨が簡単に染み込まない紙なのでしょうけれど、それでも「ちょっと湿らせて擦消」そうとしたら、墨が薄く広がって汚れてきたなくなってしまうんじゃないかって思うんですよね。実際に消えるのか、「洗消」をしているところを見てみたい。

もうひとつは、それがなぜ「洗消」の痕跡だとわかるのかということ。単なる汚れと「洗消」の痕跡をどうやって区別するのでしょうか。「正倉院の古文書」に掲載されている「御野国加毛郡半布里戸籍」の縮小モノクロ図版からは、その輪ジミを「洗消」の痕跡と判定した根拠が、私には読み取れませんでした。またこの訂正方法を知って以降、展示品や図版を見るときに気をつけているのですが、これだというのを見たことがないんですよね。見分けるコツとかあるのでしょうか。

正倉院の古文書 日本の美術 (No.440)

正倉院の古文書 日本の美術 (No.440)

*1:坂本太郎博士古稀記念会[編]『続日本古代史論集 中巻』(吉川弘文館、1972年)所収

*2:至文堂[編], 国立文化財機構[監修]『日本の美術』440号(ぎょうせい、2003年)所収