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伝称筆者についての前の記事に対する反応へのレス

ouix.hatenablog.com

先日の記事でいくつは反応をいただきました。ありがとうございます。見つけた範囲でレスします。

まずは、ツイッター


これってまさに私が「伝称筆者は作者ではない。もちろんその伝称(過去の古筆家の鑑定)が当たっていると思うなら作者欄に記せばいいんですよ、「伝」抜きで。ちょっと留保したいというなら「(推定)」くらいはつけてもいい」と書いたケースですよね。むしろ「伝えられる筆者と真の筆者が筆からして同一だと思うんだけど、客観的な決め手がないから「伝」つけざるを得ないケース」を、高野切における「伝紀貫之」と同じ欄に同じような表記で書いていることに納得しているということが私には理解しがたい。



「無いとやっぱり非常に困る」というのは、私も「誤解されないように言っておきますが、私は伝称筆者を書くなと言っているわけではありません云々」と書いたとおり、全くの同意見です。そして、これは伝称筆者を、それがどんなに大事なものだったとしても作者ではないのだから作者の欄に書くべきではないという私の主張に対する反論にはなっていないと思いますが、如何?
続いて、作者欄に伝称筆者を書く理由として「パッと見た時の視認性」を挙げてらっしゃいますが、馴染みの薄い人が誤認する可能性を下げることよりも、私達の見やすさが優先されるべきだというのは、すくなくとも一般に開かれた美術館の展示などでは受け入れがたい意見ですね。私が先の記事で問題にしたのは特にこの展示のケースであり、論文や専門書などでは誤認される可能性は低いので、視認性が優先だという意見も分からないではないです。
「筆者として認定・愛玩されてきた歴史もあるので、それは相応に重視されてもよい」にしても、個人的にはあまり説得力を感じないですね。さらに言うと、実際の筆者が判明(推定)されたときには伝称筆者を書かないというちぐはぐさも気になるんですよ。たとえば高野切第二種の伝紀貫之、筋切・通切の伝藤原佐理、今城切の伝飛鳥井雅経など、「王羲之から空海へ」展のリストには書かれていないのですが、整合性が取れてないなあという印象です。「重視されてもよい」と言いつつも、実際の筆者が判明したらリストから排除する。これが「相応」ということなんでしょうか。
これはおそらく私の先の記事への反応です。いくつか「伝承」「伝承筆者」になっていましたが、変換ミスです、すいません。修正しました。(読み返したら、この記事でも同じミスを犯していたという。。。グ、グーグルが悪いんや、グーグルが)



ちょっと引用の仕方をミスしたかなと反省しております。高橋さんの本へのネガティブなイメージを広めたのだとしたら申しわけない。高橋さんは日本美術界隈の「伝○○」という慣習などに見える曖昧さについてだいぶ批判的ではないかと思われます。しかし、それを厚いオブラートに包んでいる。そのオブラートのひとつとして、日本美術界隈の慣習について日本的であるので一定程度の理解は可能であるがというようなことを仰っているのではないのかなあと愚考します。本音はかなり批判的だろうと私は読みました。分かりにくくて申しわけないのですが、この節全体を読んでみると日本的云々については多少気になるものの、言いたいことは理解できるという感想でした。



作者の欄に書かなくても「受容史を示す役割」を果たすことはできると思います。



「西洋美術の"attributed to"(「推定」や「帰属」の意)」が、欧米でどのように使われているかというのは、私も気になるところです。また、詳しくは知りませんが、日本の西洋美術界隈では"attributed to"を「(帰属)」と訳すのが一般的になりつつある印象。逆のケース(日本の「伝」を向こうがどう訳すのか)も知りたいところです。フリーア美術館やバークコレクションの公式サイトをざっと見たところ、そもそも伝称筆者の記載自体がみあたらず。仮に"attributed to"と訳すのが一般的だったとしても、それが"attributed to"という語の意味として許容範囲であるのか、日本美術(古筆)を語る時だけの特殊であるのかの判断も必要そうです。



こちらの方ははてブを利用されていまして、上のDG-Law/稲田義智さんのコメントを受けてのコメントで、そこから「西洋美術の「attributed to」(ホントかも)」という表現が出てきています。自分で紹介しておいてなんですが、「伝」を「ウソ」っていうのは極端な言い方でして、あまり言い広めて欲しくないかも。美術館などに展示される名物切についてはだいたい「ウソ」という程度の認識でいいのですけれども。
美術館も博物館なのでウソを書いてはまずいと思います。「作品の向こうに消失点として設定されたファンタジー」という表現はわりと好きです。



高橋さんの本へ批判が向くというのは本意ではありません。できれば本を読んでいただきたいところですが、もう少しだけ引用させていただきます。

 二〇〇二年四月二三日~五月一九日、東京国立博物館で『没後500年特別展「雪舟」』が開かれましたが、展示されていたのは「雪舟」作よりも「伝 雪舟」とされるものの方が多かったのです。それを鑑賞したオランダの日本美術研究家が、私に凄まじい剣幕で憤りを訴えてきました。「二一世紀になっても、以前とまったく変わらないじゃないか。日本はどうなっているんだ? 真贋の研究を真面目に行っているのかい?」。つまり、真贋が判明していない作品を国立の美術館が展示していることに疑問を投げかけているんですね。確かに、これほど怒られてみると、我々日本人は真贋が判明していない「雪舟が描いたものかもしれない」作品を一生懸命、ありがたがって鑑賞しているにすぎない。滑稽といえば滑稽です。その研究家は、「あれは鑑賞者に対する裏切りだ」とまで断言していましたけれど、海外の研究者から見ると、そういう風に批判されても仕方がないということです。

「伝世情報が作品理解にとって重要だ」で、このオランダの日本美術研究家が説得されるのか否か。作者欄以外に記載していればさほど怒らなかったかも。


続いて、はてブ。重複は省略します。

どうなんでしょう・・ - consigliere のコメント / はてなブックマーク
どうなんでしょう・・。ツイッターを拝見する限り、批判的な上2つをリツイートされているので、反対なのかなと推測しますが。


うーん、書いたほうが良い派かな。もちろん個別に詳しく背景を解説できれば、それに越したことはないけど。「伝」の歴史叙述側面を重視したいというか、『孔子家語』は偽書ゆえに焚書すべきとは思わないというか。 - nagaichi のコメント / はてなブックマーク
伝称筆者は作者欄に書くべきではなく、別の欄に記すべきであるというのが先の記事の主旨です。作者欄に記すのを反対すると「「伝」の歴史叙述側面を重視」することに反するというのは理解しかねます。


↓これは全く問題ない。そしてこれは西欧美術史におけるattributeやschoolでもない。あえて西欧美術史の文脈でいうと筆記は同一化の対象なので。「お筆先」という言葉がある通り(シミュラクルとしての)魂の問題>id:florentine - Midas のコメント / はてなブックマーク
このご意見の内容が、私はまったく理解できませんでした。正直、賛成していただいているのか、反対なのか、どちらでもないのかすらも読み取れない。。。すみません、勉強してきます。今回はパスということで、ご勘弁ください。かみ砕いて説明していただけたら幸いですが、ご面倒なら無視していただいて構いません。


作者欄ではなく備考欄とかに書けって話では。 - nt46 のコメント / はてなブックマーク
仰るとおりで、その点についてかなり明確に書いたつもりなのですが、理解していただいていないと思しい反論が散見されまして、書くのって難しいなあと実感いたしました。

以上です。


なお、私はかなり妥協的な人間でして、思いの外批判もありましたし、譲歩しましょう。

伝称筆者は筆者ではないのだから筆者・作者欄に書くべきではない。一方、現実には筆者・作者欄に伝称筆者を書くという慣習がかなり根強く定着しているので、それを変更するのは得策ではない。しかし、やはり「筆者」とか「作者名」などと称されている欄に伝称筆者を書くのはおかしい。せめて「筆者または伝称筆者」や「作者名など」というように変更すべきであろう。

これだったら先の記事に反対された方も同意できるのではないかと思いますが、いかがですか?


ブコメが増えたので追加です。

古典美術から史的側面を後退させろっていう提案に見える。それも含めて作品の魅力なんだから難しいと思う。 - EoH-GS のコメント / はてなブックマーク
伝称筆者「も含めて作品の魅力」というのは分かります。しかし伝称筆者を作者欄に書くべきではない、しかし重要な情報だから別の欄には記載すべきだという主張に対して「古典美術から史的側面を後退させろっていう提案に見える」という応えは、私には不可解です。


伝~伝伝、伝~伝伝(AKIRAの曲) - nomitori のコメント / はてなブックマーク
AKIRAにこんな曲ありましたっけ? 1回しか見てないのでよく知らないのですが、1番有名な曲を指してます?


五島美術館の展覧会で「伝藤原佐理」のキャプションに「筆跡から藤原○○だと思われる」と書いてあって混乱した。/陵墓参考地とかと似たような。 - Flymetothemoon のコメント / はてなブックマーク
直近の展覧会で出てますし、筋切・通切のことでしょう。伝称筆者は藤原佐理。巻子本古今集、元永本古今集、下絵拾遺抄切、西本願寺本三十六人家集のうちの人麿集と貫之集上などと同筆で、推定筆者は藤原定実(藤原行成の曾孫)です。この推定は確実さに欠けるところがあり、おそらくそのため五島美術館では伝称筆者の藤原佐理を残し、また「王羲之から空海へ」展では「藤原定実(推定)」と留保しています。2013年東博平成館の「和様の書」展では「藤原定実」で断定していました。

更に続く