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七夕契久和歌懐紙 後醍醐天皇筆

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画像は「国立国会図書館デジタルコレクション - 宸翰英華. 乾」から。ただしNDLデジコレの画像は2枚に分けて撮影したもので、それをこちらで継ぎ合わせたものです。4行目と5行目の間にうっすらとみえる筋がその継目。

正中2年7月7日に開かれた後醍醐天皇主催の七夕御会のときの自筆懐紙。歌題は「七夕契久」。大東急記念文庫現蔵で、現在五島美術館で開催中の「春の優品展 恋歌の筆のあと」にて展示されています。となりに展示されている藤原為定の懐紙も同じ時のもので、同じく大東急記念文庫蔵。ともに、『大東急記念文庫善本叢刊 中古中世篇 第7巻』*1に図版があります。また、さらに北畠親房・洞院公敏などの懐紙12枚が冷泉家時雨亭文庫に所蔵されております。重要文化財、指定名称「正中二年七夕御会和歌懐紙(十二通)」(文化遺産データベース)、図版は冷泉家時雨亭叢書第34巻『中世百首歌・七夕御会和歌懐紙・中世私撰集』*2に収録されています。

そのうち、例えば三条実任は「めくりあふちきりもとをしくものうへやきみか千とせのあきの七夕」、坊門清忠は「すゑとをき御代のためしはひさかたのそらなるほしのちきりにそしる」とわかりやすく賀歌を歌っていることを考えると、御製も表面上の意味を取るだけでは足らず、やはり「すゑとを」きことを祈り願うことも込められているでしょうか。

第2句の「へにけるとし」から思い浮かべるのは後鳥羽院の「思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮の空」(新古今巻11)。天上の久しき契りが、人の心の変わりやすさと対比され、強調されます。

後醍醐も所詮は地上の人であり、願いむなしく吉野で無念の最期を遂げたことは人の知るところ。

しかし、700年ほど後の現代にこの御製宸翰は残りました。それを前に、同じようにはるかな昔ととおい末とを思いつつ、うまく言えませんが、なんだか妙に不思議な気分を味わうなど。

*1:大東急記念文庫・汲古書院、2005年、NDLサーチ

*2:朝日新聞社、1996年、NDLサーチ