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奈良旅行で印象に残ったことをいくつか

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多聞城跡から大仏殿を望む

正倉院正倉と聖語蔵

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3泊4日の奈良旅行、1番は正倉院の正倉でしたね。あまりによくて2度足を運んでしまいました。装飾のない単なる木造の倉庫なんですけど、ここで正倉院宝物が1000年以上に渡って保管されたのだと思うとグッとくるものがあります。写真で見慣れたものですが、思いの外大きいもので驚きました。向かって左、木の陰から聖語蔵の姿も確認できます。
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南大門仁王像の思わぬ不人気

東大寺南大門から大仏殿あたり、また興福寺などには中国・台湾・韓国などから来たと覚しい外国人観光客が数多くいました。そんな彼らが1番喜んでいるように見えたのは鹿。鹿せんべいをやったり、撮影をしたりと賑やかなものです。確かにかわいいですもんね。それから大仏や興福寺五重塔も当然の人気。一方で意外なのは、南大門の仁王像には興味を示していないところ。まったく見向きもしていなかったですね。外国人観光客にはその魅力が知られていないのでしょうか。
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南大門の扁額「大華厳寺」は大聖武からの集字。なお仁王像は撮り忘れました。

二月堂

東大寺では二月堂が好み。もちろん観光地なんだけど、それ以上に現役の信仰の場であるという感じが強くて、奉納品などでごちゃごちゃした雰囲気がたまりません。あまりに気にいって2度目に足を運んだ時は、寺役といって月に1度のお経を唱える日。笙や篳篥などの音が合わさります。隣の休憩所にいた方に尋ねると、東大寺では二月堂だけこのような特殊なお経の唱え方をするそうです。

仏足石歌碑と開山御廟

薬師寺では仏足石歌碑が展示されていたのがうれしい驚き。以前からその存在は知っていたものの、それほど関心は抱いていなかったのですが、予期せぬ出会い、しかもあの無防備な展示(あれ本物ですよね?)によって心を奪われました。仏足跡歌碑 - Wikipedia翻刻と大意がありまして、味読しております。近くの唐招提寺では開山御廟が印象的でした。石垣に刻された詩は、1980年に鑑真和上坐像が中国に渡り展示された際に、中国仏教協会会長の趙樸初さんによって詠まれたものだそうです。「巡展礼讃」の詩の全文翻刻、書き下し、大意があります。詩の良し悪しは分かりませんけど、「番番の往事、回思すれば再び」ってところは胸に迫りますね。
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頭塔と十輪院

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頭塔とは何かという話は史跡頭塔/奈良県公式ホームページを読んでください。個人的にはかなり好みなのですが、お勧めかと聞かれるとためらいがあります。楽しむには難度がちょっと高いかなと思わないでもないので。けど、これ場所がいいんですよね。元興寺と新薬師寺の中間地点で両者から徒歩10分ほど、興福寺からだと徒歩15分ほどのところにあります。離れた所にポツンとあるならばとくにお勧めする気もないのですが、便利なところにあるので是非是非という感じ。見学時間は9時から17時で、協力金300円、受付はウェルネス飛鳥路というホテルのフロントです。そして、頭塔を訪れるなら近くの十輪院にもよって欲しいところ。十輪院の名は、東博にある旧十輪院宝蔵で知りました。このブログでも魚養経とからめて1度取り上げています(旧十輪院宝蔵と魚養経 - ときかぬ記)。そんなわけで元興寺と頭塔に行くついでに寄ってみようと思い訪れただけなのですが、このお寺がなかなかいいんですよ。とくに石仏龕。奈良旅行中には多くの仏像や仏画・石仏を拝見しました、そのなかで一二を争うくらいに好きです(なお争っているのは飛鳥大仏)。残念なことに、そもそも予習不足で、しかも拝観時に雪が降ってきたということもあり慌てて移動、今調べてみるといろいろ見落としがあって後悔しております。小さなお寺ながら見どころ多いので要予習かと。南都 十輪院 webサイト

川原寺跡

飛鳥は石舞台古墳と飛鳥大仏だけでいいかなと思ったのですが、石舞台古墳へと向かうバスの中から川原寺跡への道標を見つけまして、こんな所にあったのかと慌てて予定変更しました。と言っても、石舞台古墳から飛鳥大仏への道を少しだけ遠回りしただけですけどね。あの川原寺と言うのはもちろん天武紀に見える一切経書写の川原寺です(天武天皇2年3月条「是月、聚書生、始写一切経於川原寺」)。中金堂跡附近に建つ弘福寺境内に当時の礎石である「めのう石」と呼ばれるものがいくつか残っています。
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やゝゆきて。左のかたに見ゆる里を。川原村といふ。このさとの東のはしに。弘福寺とて。ちひさき寺あり。いにしへの川原寺にて。がらんの石ずゑ。今も堂のあたりには。さながらも。又まへの田の中などにちりぼひても。あまたのこれり。その中に。もろこしより渡りまうでこし。めなう(馬瑙)石也とて。眞白にすく(透)やうなるが一ッ。堂のわきなる屋の。かべの下に。なかばかくれて見ゆるは。げにめづらいきいしずゑ也。尋ねてみるべし。

国立国会図書館デジタルコレクション - 菅笠日記 2巻. [2]

本居宣長が訪れた時は1つしか見つかっていなかったようです。