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源氏物語が書かれた頃の仮名と製本

池田和臣さんの連載再開ということで『聚美』最新号(Vol.18)を買ってきました。

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聚美 vol.18(2016 WIN 特集:富士山

聚美 vol.18(2016 WIN 特集:富士山

〈続 最新科学で書を鑑定する〉伝藤原行成筆「未詳散らし歌切(古今集切)」

のっけから凄いのが来ましたね。びっくりしました。

取り上げているのは、伝藤原行成筆「未詳散らし歌切」。これはかつて「古今集切」と呼ばれていたもので、その後古今集収録歌以外の歌が書かれた断簡が見つかり「古今集切」とは呼びにくくなって、現在は名称が揺れています。「未詳散らし歌切」とは池田さんがつけたもので、以後これで定着するかは不明ですが、とりあえずここでは池田さんに従います。

現存はこの連載で紹介された新出断簡1葉を含め計6葉。

①書芸文化院蔵
藍と淡藍の斐紙の染め紙を継いだもの。23.8x17.2cm。9行の散らし書き。
「こひすれはわかみそ影となりにけるさりとて人にそはぬものゆゑ」(古今集巻11・よみ人知らず)
②白鶴美術館蔵『無名手鑑』
藍と浅黄色の斐紙の染め紙を継いだもの。23.9x21.9cm。6行の散らし書き。
「わくらはにとふひとあらはすまのうらにもしほたれつゝわふとこたへよ」(古今集巻18・在原行平
③個人蔵
白紙(わずかに藍の漉き紙の繊維が交じる)。23.6x22.8cm。7行の散らし書き。
「いさこゝにわかよはへなむすかはらやふしみのさとのあれまくもをし」(古今集巻18・よみ人知らず)
根津美術館蔵(植村和堂さん旧蔵)
白斐紙。18.0x14.2cm。7行の散らし書き。
「いなせともいひはなたれすうきものはみをこゝろともせぬよなりけり」(後撰集巻13・伊勢)
サンリツ服部美術館蔵『手鑑草根集』
薄赤色の染め紙。19.2x13.5cm。8行の散らし書き。
「わすれてそわかみありとはおもひけるたにのけふりとなりにしものを」(不明歌)
⑥(新出)
薄萌黄と紫の斐紙の染め紙を継いだもの。23.9x16.2cm。6行の散らし書き。
「いさやまたこひてふこともしらぬみはこやそなるらむいこそねられね」(拾遺集巻14・よみ人知らず)

⑥の新出断簡は既に『古筆資料の発掘と研究 : 残簡集録散りぬるを』(青簡舎、2014年、NDLサーチ)で紹介されています。

この「未詳散らし歌切」の書写年代は、11世紀初めごろという説と院政期つまり11世紀末以後であるという説に分かれていました。わずか100年足らず、大して違いはないのではないかと勘違いされる方もあるかもしれませんが、さにあらず。前者であるとすれば桁違いに稀少であり価値があるものなのです。

『古筆資料の発掘と研究』では、炭素14年代測定がされる前で、「新出断簡の歌および他のツレに記載されている歌の表現に考察を加えた結果、院政期とみる説が穏当」と結論づけてます(ただし「付けたり」で「他の要素からみると、一一世紀初めころの成立書写をうかがわせる点もある」として料紙装飾と筆跡書風について考察を加えています)。

この本を読んだのはつい最近のことなのですが、この記述を読んであら残念と思ったんですよね。院政期書写説の方が有力なのかと。

しかし、その後炭素14年代測定がなされその結果がでました。『聚美』の連載から引用させていただきます(漢数字をアラビア数字に変更しました)。

 測定の結果は驚くべきものであった。95パーセントの確率で誤差範囲の中に実際の年代を含んでいるとされる二標準偏差(2σ)の誤差範囲は、977(998、1004、1012)1023[cal AD]であった。つまり、誤差範囲の上限が977年、下限が1023年で、()内の989年、1004年、1012年が炭素14年代に対応する歴史年代ということになる。1000年前後の筆跡ということになる。
(略)
 この未詳散らし歌切は977年から1023年の誤差範囲であり、ちょうど枕草子源氏物語の成立した西暦1000年前後の仮名なのである。この頃の確実な仮名の遺品は、先に揚げたわずかなものしか伝存していない。年代測定によって、この時代の希少な仮名資料の存在が新たに科学的に証明されたことになる。また、この未詳散らし歌切によって、枕草子源氏物語の頃には、このような優美極まりない連綿と散らし書きが、すでに存在したことも証明されたのである。

なんというどんでん返し。

こういった貴重な作品だと分かれば、実物を見てみたいものですよね。実はうち1点が今秋見ることができるんですよ。五島美術館の平成28年度年間スケジュール(http://www.gotoh-museum.or.jp/exhibition/schedule.html)を確認すると、秋の優品展が写経展じゃない!! そういえば去年のギャラリートークでお客さんの入りが悪いと嘆いていたもんなあ、残念。というのは措きまして、10月22日から12月4日まで開かれる「平安書道研究会800回記念特別展 平安古筆の名品―飯島春敬の観た珠玉の作品から―」展で展示予定の作品として挙げられている「古今集切 伝 藤原行成筆(春敬記念書道文庫蔵)」が①の断簡です。

さて、池田さんはさらにこう仰っています。

また、書風が酷似する関戸本古今集切、色変わりの紙を継いだ料紙に散らし書きをする同形態の継色紙、これらも未詳散らし歌切と同じ頃の書写である可能性が浮上したと言ってよかろう。

仮に関戸本古今集がこの未詳散らし歌切と同じ頃だったとしたら、11世紀半ばの書写である高野切から現存最古の古今集写本の座を奪うことになるという点も注目ですが、それ以上に関戸本古今集が列帖装(綴葉装)であることの方が興味深いと思います。1括が2枚4丁8頁と少ないのは原初的な形態なのかそれとも特殊なのか。枕草子に「薄様の草紙、村濃の糸してをかしくとぢたる」という一節があって、その頃糸で綴じた本が存在したことは確かです。しかし当時すでに列帖装が存在したか、それとも単純な結び綴(大和綴)しか存在しなかったかは意見のわかれるところ。そういう点でも関戸本古今集の書写年代は重大なんですよね。