読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

註楞伽経の五月一日経本と伝魚養筆本

楞伽阿跋多羅宝経の智厳注いわゆる註楞伽経の奈良時代の有名な写本が2本伝わっていますが、若干混乱が見られるため整理しておきます。なお小林強さんの『出典判明仏書・経切一覧稿』*1(以下『一覧稿』)p10-11に大きく依ります。

五月一日経本の方は小さい図版しか見つからなかったのですが、それで比較してみると両者の字形が結構似るので混乱やむなし、私も勘違いしているところがあるかもしれません。間違いがありましたらご教示いただければ幸いです。

五月一日経本

巻2 所在不明
巻3 書陵部
巻5 書陵部
巻6 所在不明
巻7 大東急記念文庫蔵(巻首欠)

皆川完一さんの「光明皇后願経五月一日経の書写について」*2に「註楞伽経は七巻のうち、五巻(巻第二・三・五・六・七)が今日残っており」とあります。このうち巻2・6・7は重要文化財。また巻3・5は、宮﨑健司さんの『日本古代の写経と社会』(塙書房、2006年)の「付編 日本古代写経関係資料」にある「10世紀以前古写経目録(稿)」p181に挙げられており、この書陵部本を指すので間違いないと思います。

巻2と巻6は同一人物の所蔵で合せて重要文化財に指定されていたものですが、現在所在不明。『国宝・重要文化財大全 7 (書跡 上巻)』*3p459に巻6の巻頭と巻末願文部分の図版が掲載されています。巻頭は

楞伽阿跋多羅宝経 一切仏語心品 巻第六
  大敬愛寺沙門智厳註

に始まり、巻末は尾題「註楞伽経巻第六」のあと五月一日経願文が常の如く、続いて「凡愚楽妄説不聞真実慧説或作想」の1行があり、天平勝宝7歳の重跋。

天平勝宝七歳十月十四日従七位上守大学直講上毛野君立麻呂正
   大徳元興寺沙門勝叡
   大徳沙門了行
   大徳沙門尊応
   業了沙門法隆

次に書陵部蔵(図書寮文庫)の2巻。書陵部所蔵資料目録・画像公開システム : 図書寮文庫目録詳細に書誌情報あり。転載せていただくと、

函架番号 512・114
書名 楞伽阿跋多羅宝経註 (巻3・5・天平12年光明皇后願経)
編著者 釈智巌注
刊写年次 奈良期写
点数 2
備考 解説:宮内庁書陵部編『図書典籍解題 漢籍篇』(昭和35年

智巌(厳?)注の楞伽阿跋多羅宝経で天平12年光明皇后願経つまり五月一日経のうち、備考にある『図書典籍解題 漢籍篇』(NDLデジコレ)を見ると上記巻6と同文の天平勝宝7歳重跋があるとのこと。

ただし気になるのが「五月一日経に点のあるものは、珍稀である」と点の存在を指摘していること。下記大東急記念文庫蔵の巻7の巻頭巻末図版(『久能寺経と古経楼』*4p96にあるわりと小さく見づらいものです)では見当たらないんですよね。次展示される際にその点確認したいと思います。

その大東急記念文庫蔵の巻7(重文)。巻末は「凡愚楽云々」の1行がないことを除いて尾題・願文・重跋とも個人蔵巻6と同様。一方巻首は失われていて首題「註楞伽経巻第七」(本文と別筆)の直後継目があって本文が始まります。図版でははっきりしませんがこの首題は見返しに書かれているものかも。巻首がどれくらい失われているか不明。後出伝魚養筆本の巻7(根津美蔵)と比べると、もし同じ巻構成であるとするならば欠失は4紙以上。註楞伽経は大正蔵にないので楞伽経で比較すると根津美の巻7は16巻509頁上段20行「爾時大慧菩薩復白佛言世尊唯/願爲説一切菩薩聲聞縁覺滅正」で始まり、大東急の巻7は同510行上段29行「爾時大慧菩薩復白佛言世尊/唯願世尊更爲我説陰界入生滅」で始まります。

伝魚養筆本

巻1 京博蔵(巻首欠)
巻4 個人蔵(残巻約200行)他諸家蔵
巻5 知恩院
巻6 諸家蔵
巻7 根津美術館蔵(2紙程抜けるか)

京博の巻1は重文に指定され、一部分がe国宝で見れます(註楞伽経巻第一 - e国宝)。巻首序文の前節が欠損、序文後の首題は

楞伽阿跋多羅宝経 一切仏語心品 巻第一
  大敬愛寺沙門智厳註

で五月一日経本の巻6と同様、尾題も「註楞伽経巻第一」で同じく。

知恩院の巻5(重文)は『国宝・重要文化財大全 7 (書跡 上巻)』p515に巻頭図版が掲載されています。巻頭多少傷んではいますが、読み取れる首題は同様。なお『一覧稿』p10によると植村和堂さんはこの知恩院蔵巻5を五月一日経本と見なしていたそうです。

根津美の巻7(重文)は文化遺産データベースに巻頭図版掲載、首題同様。『一覧稿』p11にこの伝魚養筆本巻7の断簡が挙げられています。

『創業五十周年 記念展観図録(竹僊堂・昭和46年10月31日)』ー2〈巻7・大正蔵16巻512頁上段13行~中段1行の図版掲載・2紙42行の内32行分に相当〉

少なくとも途中2紙抜けている様子。

断簡でよく見かけるのは巻6。ウェブ上で見れるものだけでも

とあります。このうち国会図書館のはタイトルが「注楞伽經卷7斷簡」となっていますが巻6の間違いです。

センチュリー文化財団のはリンク先の解説で五月一日経本とされていますが、おそらく伝魚養筆本であろうと思います(『一覧稿』も同様の認定)。ただ、大東急の巻7の図版と比べても字は似ているんですよねえ。ひょっとしたら五月一日経本巻6から抜けたものかも。伝魚養筆本巻6は天地が傷んでおり、それが1つの判断材料になります。リンク先の画像ではわかりにくいものの、展示された時(現在展示中)に見た限りでは天地は傷んでいたと記憶はしているのですが。

半蔵門ギャラリーさんのサイトでは古谷稔さんの手鑑月台複製本の解説が引かれています。

このつれはきわめて少なく、白鶴美術館(巻第三)・植村家ほかに分蔵されている

この白鶴美術館の巻3とは重文指定されている巻2巻3のうちの1巻のことでしょうか。だとすればこの2巻は僚巻で平安時代初期の書写と推定されているものなので伝魚養筆本とは別本です。もしくは伝魚養筆本の巻3を白鶴美が所蔵しているのかも。


つづき

ouix.hatenablog.com

*1:大東文化大学人文科学研究所、2010年、NDLサーチ

*2:坂本太郎博士還暦記念会[編]『日本古代史論集 上』(吉川弘文館、1962年、NDLサーチ)所収。

*3:毎日新聞社図書編集部 編、毎日新聞社、1998年、NDLサーチ

*4:五島美術館、1991年、NDLサーチ