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得無垢女経(五月一日経)巻頭の変なところ

五島美術館の所蔵する五月一日経のひとつ「得無垢女経」が、公式サイトのコレクションのページで紹介されています。

http://www.gotoh-museum.or.jp/collection/col_09/08167_395.html

掲載されている画像は巻頭部分ですが、この巻頭部分には変なところが3つあります。さて、それは何でしょうか? ちなみに画像を見るだけで分かることで他に調べる必要はありません。

すぐ答えを書いてしまうと見るともなしに答えが目に入ってしまうおそれがあるので、すこし遠回りをしましょう。

私がこのことに気づいたのは国会図書館の所蔵する「古寫經鑑」(WA2-13)を見ていたときのこと、ついこの間のことです。

国立国会図書館デジタルコレクション - 古寫經鑑

この写経手鑑は27葉(うち版経切2葉)を収めるものですが、有名なものはほとんどありません。11コマの右が二月堂焼経、4コマの左がおそらく手鑑「月台」の小聖武のツレであるという程度。

ただし興味深いのがいくつかあって、たとえば10コマの右。詳細不明の注釈付き法華経化城喩品ですが、京博にある重文の夾註法華経巻7(化城喩品)に字が似てるように思います。この夾註法華経がどこまであるのかまだ調べていませんが、仮に後半部が逸失しているのならばその一部の可能性があるかと思います。

同様の断簡は、東博蔵の「古経貼交屏風」(B-2439)にも貼られています。以前展示されていた時に撮った写真を載せます(もちろん右の断簡)。

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国会図書館蔵写経手鑑に貼られた興味深い断簡のもうひとつが、3コマの右のこの断簡。

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SAT DBで調べてみると得無垢女経であることがわかります。第3紙の一部でしょう。得無垢女経、どっかで聞いたことあるなと思い検索してみると引っかかったのが上掲の五島美術館のコレクション紹介ページ。これと比べてみると両者似ているんですよね。ということは、この国会図書館蔵の写経手鑑に貼られた断簡は五島美術館所蔵の巻子本から抜けたものなのだろうか、五島本は第3紙が抜けているのかなと思ったのですが、よく見てみるとこの五島本にはおかしいところがあることに気づきました。

というわけで、ここらで冒頭の問題の答えを。この得無垢女経の巻頭部分にある変なところ3つ。

  1. 第1紙が5行しかない
  2. 第1紙と第2紙の状態が大きく異なる
  3. 首題の下に文字の抹消痕がある

五月一日経は1紙25行のものが多いようです。第1紙は少しだけ紙が短くなり行数は減るものですが、それでも1行程度。第1紙がわずか5行しかないというのは異常です。また第1紙は下のほうがかなり破損していますが、第2紙はそうではありません。もともとこの紙継で長いこと伝来したとしたら、このように連続する料紙で状態が大きく異るということは考えられません。とすれば別々に伝来したものを後世に継いだと考えたほうが自然です。さらに文字を抹消して書かれた「得無垢女経」という首題。この第1紙はかなりあやしいものであるということがお分かりになると思います。

ではこの第1紙は何か? SAT DBで検索してみると毘尼母経巻3の巻頭部分であることがわかります。ということを踏まえた上で首題下の抹消痕を見てみると「経」字の附近に「巻第三」と書かれていたことが僅かに読み取れます。すなわちもともと「毘尼母経巻第三」と書かれていたものを消して「得無垢女経」と書いたものでしょう。なぜそんなことをしたのか? を考える前に、第2紙を見てみたいと思います。

これもまた同様にSAT DBで検索してみると、この第2紙は巻頭附近ではなくもともと巻頭から存在したとすれば第8紙あたりに相当するであろう部分であることが分かります(それ以前にある行数は、偈は4句1行と計算すると177行。1紙25行で割るとおおよそ7紙)。すなわち、この得無垢女経は(画像で見る限り)巻頭から7紙程を失った残巻であることがわかりました。

とすれば、先程の疑問に答えるのは簡単です。なぜあのあやしい第1紙をこの残巻に継いだのか? それはこの得無垢女経が完本であると、または少なくとも巻頭は残っていると偽装するためでしょう。

前掲国会図書館蔵手鑑所収の得無垢女経断簡は、この五島本残巻の逸失部分に含まれる箇所でした。ということは、この五島本のツレ、すなわち五月一日経の断簡ということでいいのだろうと思います。

さて、次に疑問に思うのは、このあやしい第1紙、毘尼母経巻3巻頭断簡は一体何なのか? ということでしょう。第1紙をゼロから捏造したとすれば、首題をはじめから得無垢女経と書けばよかった。書き換えているというのはつまり古経を転用したと考えられます。そして、よくよく見れば第2紙以降と筆跡は違うようにも見えますが雰囲気は近い。つまり、これも五月一日経の断簡である可能性があるんですよね。

関連して気になる断簡があります。奈良博蔵写経手鑑「紫の水」に押された「光明皇后発願一切経切」。「光明皇后発願一切経切」とは五月一日経の断簡のことでしょう。毘尼母経巻6です。先程の奇妙な第1紙は巻3でこちらは巻6と巻は違いますが、比べると字形が似ていることが分かります、おそらく同筆(ちなみに私は手元にある『五島美術館の名品【絵画と書】』という図録の比較的精細な図版で見比べてそう判断しました)。とすれば、もし仮にこの紫の水断簡が五月一日経であるならば五島本第1紙もそうであると判断していいように思います。問題は、肩に貼られた「光明皇后発願一切経切」の札をどこまで信用していいかということですね。書風や料紙から考えてそれでいいように思いますけれども。

ちなみに、この「紫の水」という手鑑について私はまだよく知りません。複製本が作られているのですが私家版で部数は少なく所蔵している図書館が少ないので確認が手間なんですよね。国会図書館にも東博の資料館にもありません。CiNii Booksで検索すると(CiNii 図書 - 紫の水 : 写経手鑑)結果わずか6件、しかもうち2件がオックスフォードという。まあ、立川にあるのでそのうち機会を捕まえて読んでみたいと思います。

この2葉の毘尼母経断簡が五月一日経であるか否かをおおよそ確定させる方法があります。五月一日経の願文がついたままの毘尼母経の別巻を探して筆跡を比べるという方法。もちろん仮に同筆だったとしても必ずしも五月一日経であると断定はできませんが、おおよそ確定と言っていいでしょう。で、そんな都合のいいものが残っているかというと、残っているんですよね、聖語蔵に。

残念なことに、ウェブ上で聖語蔵経巻の五月一日経の目録を見つけられておらずまた手元にもないことから、聖語蔵にある巻次が不明なのですが、「聖語蔵経巻カラーデジタル版」のチラシ(PDF)を見ると聖語蔵の天平十二年御願経には毘尼母経(全8巻)が6巻あることが分かります。抜けているのがちょうど2巻なんですよね。巻3と巻6かななどと考えてしまいます。そのうち時間ができたら調べに行きます。

(追記)
『日本古写経現存目録』p44に五月一日経の散帙経として毘尼母経の巻3と巻6が掲載されていました。所蔵者として記されているのが個人名なのでここでは伏せておきます。巻6の方の所蔵者のコレクションは現在主に某美術館にあるので、そこにあるかもしれません。途中抜けているのでしょうか? 一方の所蔵者についてはわかりませんでした。というわけで残念ながら予想を外したわけですが、聖語蔵にあると思われる巻3の巻頭が逸失して現在五島美の得無垢女経巻頭に継がれているという可能性も考えられます。
(追記終)

他にも国会図書館蔵写経手鑑には気になる断簡があるのですが、それも聖語蔵経巻との比較をしたいものなので、今回はこの辺で。