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『古筆資料の発掘と研究 : 残簡集録散りぬるを』

池田和臣さんの『古筆資料の発掘と研究 : 残簡集録散りぬるを』(青簡舎、2014年9月、NDLサーチ)をいま読んでいるのですが、これがすこぶる面白い。

古筆資料の発掘と研究―残簡集録散りぬるを

古筆資料の発掘と研究―残簡集録散りぬるを

もちろん以前から池田和臣さんのお名前は存じており、『聚美』の連載も読んでいましたし、雑誌論文もいくつか抜き刷りを手にしております。が、しかし、われわれ一般人には雑誌掲載論文を読むというのはちょっとだけハードルが高いんですよね。ウェブ公開はなかなか進まず(CiNii Articles 検索 -  池田和臣)、公立図書館にはなく、たいていの大学図書館は部外者に閉鎖的。もちろん国会図書館を利用すればいいわけですが、なんやかんや時間かかるし、わざわざ遠隔複写サービスを利用するのもなあといったところ。

そういった中で、こういう論文を数多くまとめたもの、しかも加筆修正がされ書き下ろしも加わった単著を出されているというのは本当にありがたい話です。これ1冊を手に入れるだけで大量の論文が読めるのですから手間がかからない。

そう、大量なんですよ。記述に疎密はありますが、合計すればかなり数多くの種類の古筆資料に触れています。ウェブ上には詳細目次が見当たらないので、下に転載しておきました。83の文章のうち2が「付説」、重複するのは18と19の二条切のみ、44と52では目次で既に複数の古筆資料の名が挙がり、そうでない項目でも当然のごとく他の古筆資料に筆が及ぶことしばしばで、まあとにかく大量なのです。

しかもこの本の出版が2014年と新しいものだというのがいいですよね。素人なのでどこまで最新の研究を織り込んでいるのか判別できませんが、古い論文などについても加筆修正をするなどして、出版時点での研究段階がわかるように努めているように見えます。例えば、2014年5月に夜の寝覚の末尾欠巻部断簡(伝後光厳院筆)が新たに発見され話題になりました*1。これについて「76 伝後光厳天皇筆 夜の寝覚末尾欠巻部―寝覚上は二度死に返る」に「付記二」として「本書を校正中に、伝後光厳院筆不明物語切の新たな断簡が発見された云々」と漏らしません。また「3 伝寂然筆 大富切(具平親王集)」の最終段落は矢澤由紀さんの同年3月の論文*2をもとにした追記です。

ただし、2013年10月に発表され話題となった新古今集の異本歌1首が新しく見つかったという件*3については「58 伝寂蓮筆 新古今和歌集切」で触れられていないことからみると、必ずしも徹底的というわけではないようですけれども。

内容は、炭素14年代測定や新出を含めた断簡の収集などを通してその写本やテキストなどに検討を加えていくというものです。具体的に挙げると、飛雲料紙の佚名本朝佳句切は、行成またはそれ以前の筆写の可能性を指摘(1,2)、高野切以前と言われる仮名遺品の多くは確証がないということを確認した上で、炭素14年代測定で高野切以前と判明した草がち未詳歌切を参考にしつつ西暦1000年ごろの仮名の書き様について考察し(24)、自詠が書かれていると考えられる未詳歌集切の西行筆の可能性を検討(27)、顕広切と御家切の俊成筆説に異論を唱え(52)、今まで連続する2葉しか知られなかったものの『古今著聞集』や『明月記』に見える絵巻の詞書部分の遺品ではないかと指摘されていた玉津切は、新出断簡の出現と炭素14年代測定によってその可能性を裏付ける(79)などなど。

ここに書いたのは、新聞に取り上げられるなどした有名な話、またそれこそ雑誌『聚美』の連載で取り上げられたものばかりで、ご承知の方も多いでしょうし、またご存じない方はこの本に比べれば『聚美』(Vol.1からVol.10まで)の方が手に入りやすい(図書館含め)と思うので、そちらを当たられた方がいいかもしれません。いま気づいたのですが、最新号のVol.18から連載再開しているのですね。「25 伝藤原行成筆 未詳散らし歌切(いわゆる古今集切)」の話をされているようです。

もちろんこういう有名な話ばかりではなく、前述の通り記述大量なので知らない話も次から次へと出てくる、というのは単なる私の勉強不足かもしれませんが、まあとにかくページを繰るのがこれだけ楽しい本は久しぶり。ただ、残念ながらアマゾン含め通販サイトは軒並み取り扱いなしまたは出版社に在庫確認、公立図書館の所蔵も少なそうですし、手にするのにかなり手間がかかりそうな本を勧めるのは心苦しいところではありますが。

目次

第一章 散佚詩書・歌書の新出資料
第一節 散佚漢詩

 1 藤原行成筆 佚名本朝佳句切
 2 付説 飛雲料紙の年代測定
   ――加速器質量分析による炭素14年代測定の原理――
第二節 散佚私家集
 3 伝寂然筆 大富切(具平親王集)〈透き写し〉
 4 伝平業兼筆 春日切(清慎公藤原実頼集)
 5 伝藤原定家筆 五首切(衣笠内大臣藤原家良集)
 6 西園寺実兼筆 自筆家集切
第三節 散佚私撰集
 7 伝宗尊親王筆 如意宝集切〈透き写し〉
 8 伝小野道風筆 八幡切(麗花集)
 9 伝小大君筆 香紙切(麗花集)
 10 伝称筆者不明 未詳歌集切(麗花集か)
 11 伝西行筆 歌苑抄切
 12 伝藤原為家筆(伝冷泉為相筆) 雲紙本雲葉和歌集切
 13 伝覚源筆(伝二条為定筆) 雲葉和歌集切
 14 伝源承筆 笠間切(浜木綿和歌集)
 15 伝後醍醐天皇筆 新浜木綿集切
 16 伝花山院師賢筆 佐々木切(二八要抄)
 17 伝二条為遠筆 松吟和歌集切
第四節 散佚歌合
 18 伝藤原俊忠筆 二条切(二十巻本類聚歌合 延喜元年八月十五夜或所歌合)
   ――失われた月の喩と竹取物語――
 19 伝藤原俊忠筆 二条切(二十巻本類聚歌合 天慶二年二月廿八日貫之歌合)
 20 藤原定家筆 源通具俊成卿女五十番歌合切
 21 伝藤原家隆筆 不明歌合切
 22 伝二条為氏筆 因幡類切(古今源氏歌合)
 23 伝二条為氏筆 月卿雲客歌合切
第五節 未詳歌集
 24 伝称筆者不明 草がち未詳和歌切
 25 伝藤原行成筆 未詳散らし歌切(いわゆる古今集切)
 26 伝紀貫之筆 小色紙
 27 伝西行筆 未詳歌集切(二首切)
 28 伝西行筆 色紙
 29 伝慈円筆 夏十首詠草切(伝俊成書入)
 30 伝亀山天皇筆 金剛院類切
 31 伝後二条天皇筆 不明歌集切
 32 伝後醍醐天皇筆 吉野切
 33 伝二条為定筆 不明歌集切
第六節 懐紙・短冊・詠草
 34 慈円筆 詠草切(懐紙断簡)
 35 後鳥羽天皇筆 熊野類懐紙〈双鉤塡墨〉
 36 伝平重盛筆 懐紙断片(奈良懐紙)
 37 伝春日社家祐筆 不明懐紙
 38 兼好筆 白短冊(自詠和歌)
 39 伝醍醐天皇筆 懐紙断簡
 40 冷泉政為筆 懐紙
 41 後奈良天皇筆 詠草切(三条西実隆加点)
第七節 撰歌草稿
 42 藤原定家筆 撰歌草稿

第二章 異本歌書の新出資料
第一節 勅撰集

 43 伝源頼政筆 片仮名本古今和歌集
 44 伝二条為世筆 異本拾遺和歌集巻五及び巻七・巻八断簡
   ――蓬莱切・伝寂蓮大色紙・伝慈円拾遺和歌集切におよぶ――
第二節 私家集
 45 伝寂然筆 仁和御集切(光孝天皇集)
 46 伝藤原行能筆 斎宮女御集切
第三節 私撰集
 47 伝源俊頼筆(推定藤原定実筆) 下絵拾遺抄切
第四節 歌合
 48 伝宗尊親王筆 十巻本歌合切(天禄三年八月二十八日規子内親王前栽歌合)
第五節 歌論書
 49 伝二条為氏筆 俊頼髄脳切
第六節 詠草
 50 後奈良天皇筆 詠草切(重要美術品)

第三章 その他の歌書の新出資料
第一節 勅撰集

 51 伝藤原雅経筆(推定藤原教長筆) 今城切(古今和歌集
 52 伝藤原俊成筆 顕広切(古今和歌集
   伝藤原俊成筆 御家切(古今和歌集
   藤原俊成筆 了佐切(古今和歌集
   ――藤原俊成の筆跡史を正す――
 53 伝藤原顕輔筆 鶉切(古今和歌集
 54 伏見天皇筆 筑後切(拾遺和歌集
 55 伝藤原家隆筆 升底切(金葉和歌集
 56 伝西園寺公藤筆 詞花和歌集
 57 藤原俊成筆 日野切(千載和歌集
 58 伝寂蓮筆 新古今和歌集
 59 伝慈円筆 円山切(新古今和歌集
 60 伝後鳥羽天皇筆 水無瀬切(新古今和歌集
 61 伝藤原秀能筆 三宅切(新勅撰和歌集
 62 伝冷泉為成筆 玉葉和歌集
 63 堯光筆 仏光寺切(新続古今和歌集
第二節 私家集
 64 伝藤原佐理筆 敦忠集切
 65 伝寂然筆 村雲切(貫之集)
 66 伝小大君筆 御蔵切(元真集)
 67 伝藤原公任筆 砂子切(中務集)
 68 伝藤原定家筆 大弐高遠集切
第三節 私撰集
 69 伝紀貫之筆 有栖川切(元暦校本万葉集 巻十一)
 70 伝藤原家隆筆・伝称筆者不明 柘枝切(万葉集
 71 伝兼好筆 続詞花和歌集
第四節 歌合
 72 伝寂蓮筆 治承三十六人歌合切
第五節 秀歌撰・類題集
 73 伝二条為氏筆 定家八代抄切
 74 伝二条為右筆 二八明題和歌集切
第六節 朗詠(歌謡)
 75 伝飛鳥井雅経筆(推定藤原教長筆) 金銀切箔和漢朗詠集

第四章 散佚物語・不明物語
 76 伝後光厳天皇筆 夜の寝覚末尾欠巻部―寝覚上は二度死に返る
 77 伝二条為氏筆 不明物語切

第五章 物語・散文
 78 伝西行筆 伊勢物語
 79 伝世尊寺経朝筆 玉津切(蜻蛉日記絵巻詞書)
 80 伝源通親筆 狭衣物語
 81 伝顕昭筆 狭衣物語六半切
 82 伝世尊寺行俊筆 長門切(異本平家物語
 83 伝貞敦親王筆 平家物語

*1:横井孝, 久下裕利 編『王朝文学の古筆切を考える : 残欠の映発』武蔵野書院、2014年、NDLサーチ

*2:「伝寂然筆「具平親王集(中務親王集)」の新出資料」(『中央大学国文』第57号、2014年3月)NDLサーチ

*3:久保木秀夫, 中川博夫 著『新古今和歌集の新しい歌が見つかった! : 800年以上埋もれていた幻の一首の謎を探る』笠間書院、2014年、NDLサーチ