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不思議な切り方のされた小水麿願経

埼玉県立歴史と民俗の博物館で開催されていた「慈光寺」展(10月10日から11月23日)の後期展示に不思議な切り方のされた小水麿願経が展示されていました。慈光寺所蔵の巻493で、展示箇所は大正蔵巻7の507頁上段22行から下段2行まで。展覧会図録の図版は展示より後7行少なく、また別に巻末部分を掲載しています。

展覧会図録の解説を引用させていただくと

中ほどに原本と補写が数行(2~5行)ずつ交互になっているところがある。小水麻呂経は古筆の一つとして珍重され、手鑑に貼ったり、茶掛に仕立てるなどして愛好されることもあった。補写部分は、そのような使われ方のために切り取られ、譲られたのではないかと考えられる。

この補写部分は原本に比べ紙色がまったく異なり、墨も悪いものなのか消えかかっているところも多く、字も明らかに別筆です。ただし、経文をみると、展示(図版)の箇所においては原本と補写部分は一字の過不足もなく連続しています。

図版を転載すれば話ははやいのですが、無断転載禁止ということなので、代りに翻刻で済ませます。赤字が補写部分。SAT DBから転載し改行箇所を合せ補写部分を赤字にしただけで、校合はしていません。特に補写部分で文字がかすれ読み取れないところも、そのままにしています。気になる方は図録をご覧ください。

大乘非尊非勝不超一切世間天人阿素洛
等以八解脱九次第定非實有性是非有性
故此大乘普超一切世間天人阿素洛等最
尊最勝復次善現若陀羅尼門三摩地門是
實有性非非有性則此大乘非尊非勝不超
一切世間天人阿素洛等以陀羅尼門三摩

地門非實有性是非有性故此大乘普超一
切世間天人阿素洛等最尊最勝復次善現
若五眼六神通是實有性非非有性則此大
乘非尊非勝不超一切世間天人阿素洛等
以五眼六神通非實有性是非有性故此大

乘普超一切世間天人阿素洛等最尊最勝
復次善現若如來十力乃至十八佛不共法
是實有性非非有性則此大乘非尊非勝不
超一切世間天人阿素洛等以如來十力乃
至十八佛不共法非實有性是非有性故此
大乘普超一切世間天人阿素洛等最尊最

勝復次善現若極喜地法乃至法雲地法是
實有性非非有性則此大乘非尊非勝不超
一切世間天人阿素洛等以極喜地法乃至
法雲地法非實有性是非有性故此大乘普
超一切世間天人阿素洛等最尊最勝復次
善現若極喜地補特伽羅乃至法雲地補特

伽羅是實有性非非有性則此大乘非尊非
勝不超一切世間天人阿素洛等以極喜地
補特伽羅乃至法雲地補特伽羅非實有性
是非有性故此大乘普超一切世間天人阿
素洛等最尊最勝復次善現若淨觀地法乃

至如來地法是實有性非非有性則此大乘
非尊非勝不超一切世間天人阿素洛等以
淨觀地法乃至如來地法非實有性是非有
性故此大乘普超一切世間天人阿素洛等
最尊最勝復次善現若淨觀地補特伽羅乃
至如來地補特伽羅是實有性非非有性則
此大乘非尊非勝不超一切世間天人阿素
洛等以淨觀地補特伽羅乃至如來地補特
伽羅非實有性是非有性故此大乘普超一
切世間天人阿素洛等最尊最勝復次善現

図録図版は「淨觀地法乃至如來地法非實有性是非有」の行までです。

図版範囲外で図録解説でも触れられていませんが、「最尊最勝復次善現若淨觀地補特伽羅乃」の行と最終「切世間天人阿素洛等最尊最勝復次善現」の行の中央部、1行強の幅、2字程度の高さの似た形の大きな穴が空き、前の補写部分と同様の紙と筆跡で埋めています。ひょっとしたら、その前の数行ごとの補写部分もこの穴が原因となっているかもしれないといったんは考えたものの、この欠損の間隔はその前の補写部分の間隔と合わないようにみえます。ただし、原本部分にも遡ってあるはずのところに穴の痕跡が見えないのは不審、巻いた状態で空いた穴ではないのか。

また、上に引用した図録解説に「原本と補写が数行(2~5行)ずつ交互になっているところがある」とあります。展示(図版)の箇所では2~3行ごとであり、とすれば他にも似たような箇所があり、そこに5行のまたは5行間隔での補写があるのでしょうか。

しかし、なぜこんな奇妙な切り方をしたのでしょうか? 端から切っていくというのが最も簡単でしょうし、巻頭を残したいというのであれば、任意のところから次々に切ればいい。にも関わらず、中ほどを飛び飛びに切り、しかもいちいち補写をするというのは妙なこだわりを感じさせます。この補写部分はお互いによく似ているので、かなり近い時期(同時?)に同一人物によってなされたものと思われます。ただし、原本とは紙色がまったく異なるので、完本であるとごまかそうとして入れたものではありません。不思議なこともあるものです。