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「慈光寺」展@埼玉県立歴史と民俗の博物館

埼玉県立歴史と民俗の博物館で開催中の「慈光寺―国宝 法華経一品経を守り伝える古刹」展に行ってきました。

www.saitama-rekimin.spec.ed.jp

慈光寺が所蔵する国宝「法華経一品経」いわゆる「慈光寺経」は、2008年から修理を行っていたそうです。その修理の終了を記念しての全巻展示を中心とする展覧会。

全巻展示といっても33巻すべてを全期間展示するわけではありません。前期(~11月1日)・後期(11月3日~)に分けての展示で、合せての全巻展示です。その事自体はいいのですが(もっと期を分ける可能性も考えていたので、2回で済むならむしろありがたいくらいですが)、その展示替えリストが公式サイトに載っていないというのはちと不親切。(追記)掲載されたようですね。(追記終)というわけで、ここに書き記しておきます。

前期)序品第一、方便品第二、譬喩品第三、信解品第四、化城喩品第七、五百弟子受記品第八、提婆達多品第十二、勧持品第十三、安楽行品第十四、如来寿量品第十六、分別功徳品第十七、嘱累品第二十二、観世音菩薩普門品第二十五、普賢菩薩勧発品第二十八(2巻)、般若心経、筆者目録

後期)薬草喩品第五、授記品第六、授学無学人記品第九、法師品第十、見宝塔品第十一、従地涌出品第十五、随喜功徳品第十八、法師功徳品第十九、常不軽菩薩品第二十、如来神力品第二十一、薬王菩薩本事品第二十三、妙音菩薩品第二十四、陀羅尼品第二十六、妙荘厳王本事品第二十七、無量義経仏説観普賢菩薩行法経仏説阿弥陀経、補写目録

前期の「筆者目録」とは文永7年の「一品経書写次第」、後期の「補写目録」とは寛政2年の「一品経補書之次第」のこと。前期の方便品、安楽行品、勧発品のうち1巻(後半部)、後期の薬草喩品、妙音菩薩品のあわせて5巻は江戸時代の補写。

ポスターなどに使われている2巻は、上の本紙の経文が書写された部分が茶・銀・黄土色の3色に分かれている方は信解品、下の修理(時期不明)の際に2紙が継がれた見返し(左側には蓮華などが描かれている)の方は勧発品で、ともに前期の展示。上にリンクを貼った公式サイトで紹介されている3巻のうち1巻はその勧発品。残りの紺紙の天地に金銀泥で細かく装飾を施す授記品と「寝覚物語絵巻」との類似が指摘される見返し絵の人記品は後期の展示。

今回の修理は約80年ぶりで、前回の修理は1933年のこと。その昭和の修理に尽力されたのが時の住職であった頼憲さんだそうですが、この展覧会の看板やポスターなどに使われている「慈光寺」の文字はこの頼憲さんの字だそうです。

今回の修理は、図録解説によると

これまでに、修理を繰り返しているためか、本紙はかなり薄くなっており、無理な解体は、かえって経を傷める結果になることが予想された。このため、今回は、解体はどうしても必要な無量義経などとし、後の巻は表面のクリーニングと、折れの補修などにとどめられ、各巻に合せて保護のための太巻などが制作された。

前回の昭和の修理、また江戸時代の補写の頃にも修理が行われていると考えられますが、それ以外にも修理されたこともあるようです。結果として、たとえば見返しが前掲の勧発品のように2紙を継いだものがあったり、授記品のようにもともと表紙表(序品?)のものを流用したと考えられるものがあったり、補写巻と同様に金箔を押しただけのものがあったりとさまざまで、錯簡の指摘もあります。軸端は原初のものは残らず後補。一般的に装飾経は紙背にも華麗な装飾がありますが、もともとなかったのか、いつかの修理の際に剥がされたのか、慈光寺経の紙背は無地だそうです。

今回の修理で判明したことのひとつに、界や経文に真鍮泥が多く使われていたということがあります。酸化・腐食しやすく、紙を傷め剥落しやすい真鍮泥の使用によって、結果として経を傷めたようです。金泥や截金も多く使われているので、金泥の代用品としてではなく、色合い・輝きの異なるものとして使い分けたと考えられます。

というわけで傷みが激しいものもあり、また修理によって変えられているところも多いですが、平家納経・久能寺経に次ぐ装飾一品経の優品、さすがに見応えがありました。

この慈光寺経について、ジェフリー・ミラーさんは「慈光寺経をめぐる諸問題」*1で藤原良経の死を契機としてゆかりの人々によって制作されたという説を提示し、これが現在の定説となっています。しかし、橋本貴朗さんは、書風や料紙装飾の検討から段階的編纂説を提唱します。たとえば法師功徳品(後期展示)の天地に見える波文様が1260年前後の書写と推定される伝後光厳院筆「前・後十五番歌合*2と似ており、その頃の制作である可能性を指摘*3。また慈光寺経は様々な書風が混在するのですが、段階的編纂のそれぞれの段階を反映していると考えられるとも*4

慈光寺といえばもちろん慈光寺経だけではなく小水麿願経もあります。これまでも東博や五島美で拝見したことはありますが、それぞれ1巻づつの展示。しかし今回は慈光寺所蔵品に加え寺外に出たものも合せ数巻が並べて展示で、比べてみると筆跡や料紙・願文の書き方に違いが見られて興味深かったです。なお慈光寺蔵の小水麿願経は現在奈良博で調査しており、本年度中に調査結果がでるそうです。

*1:『古美術』72号、三彩社、1984年、NDLサーチ。また図録によると『慈光寺』(新人物往来社、1986年、NDLサーチ)にも載るようですが未確認。

*2:前十五番歌合」は大阪青山短期大学蔵、「後十五番歌合」は御物

*3:「「慈光寺経」の料紙装飾について」『芸術学研究』12号、筑波大学大学院人間総合科学研究科、2008年、NDLサーチ

*4:「「慈光寺経」の書風について」『書学書道史研究』17号、 書学書道史学会、2007年、NDLサーチJ-STAGE