読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

経典切断の一例

林望さんの『書藪巡歴』「書縁結縁」より。「遠藤さん」は「古書修補の第一人者であった遠藤諦之輔さん」(故人)。

 遠藤さんの工房には、いつも一枚の紫檀額が懸けてあって、その額の中央には、なにか漢文の印刷してある細長い紙片が飾られていた。
 あるとき、遠藤さんはこの額に言い及ばれ、それが「宋版」の刊経であることを教えて下さった。南宋の初め頃の刊経で、日本では平安時代に遡る。
 そうして、この経の料紙は麻紙、経典は『大般若波羅蜜多経』の巻第一百一である、と説明されたあとで、
「まだ、これを差し上げてませんでしたかな」
 と異なことを言われた。私が、はあ、とかなんとかいい加減な返事をしていると、遠藤さんはニコリと少年のような澄んだ笑みを浮かべられ、
「じゃ、一枚差し上げましょう」
 といって、奥の物入れのようなところから恭しく紙に包んだ経巻を取り出され、木の「指し」を当てて、良く切れる刀ですっと一折り切り取った。
 あっ、と思っていると、遠藤さんはこともなげにこう言われた。
 「宜しいんです。これはこれで結縁でございますから。もう何人ものかたに差し上げました。このお経は○○先生に頂いたものなんですがね……」
 その「○○先生」のところは、もはや忘れてしまって思い出せない。ともあれ、こうして、経の一部を切ってそれを以て結縁と看做すという考え方を、私は知ったのである。写経や歌集などの一部分を切って、茶掛けなどに応用するのは、その背後にそういう結縁的な考え方が隠されているので、かならずしも悪いこととは思われていなかったのであるらしい。

増補 書藪巡歴 (ちくま文庫)

増補 書藪巡歴 (ちくま文庫)