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東博の古筆・古写経展示(2015年9-10月)

仏教の興隆―飛鳥・奈良

東京国立博物館 - 展示 日本美術(本館) 仏教の興隆―飛鳥・奈良 作品リスト
本館1室|2015年9月15日(火) ~ 2015年10月25日(日)

等目菩薩経巻中(吉備由利願経)

重文|1巻|奈良時代天平神護2年(766)|反町英作氏寄贈・B-3300

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等目菩薩経巻中(吉備由利願経) - e国宝

展示は巻頭でした。

巻末の願文は

天平神護二年十月八日正四位下吉備朝臣由利奉為
天朝奉写一切経律論疏集伝等一部

同じ吉備由利願経で現存が確認されているのはほかに次の6巻および断簡です。

巻頭に2顆薄っすらと見える朱印は「西大寺印」*1称徳天皇勅願寺である西大寺に納められたことが『西大寺資財流記帳』(780年)で確認できます。

一部 吉備命婦由利 在四王堂 進納
惣大小乗経律論疏章集伝出経録外経等一千廿三部
 五千二百八十二巻 五百十六帙

次の行から始まる分類で挙げられた部巻帙数を足し算しても、総合計と合わないのが謎です。なお「黄紙綺緒雑軸編竹繍帙」と紙・緒・軸・帙に、また2巻の目録と4基の厨子にも触れられています。

この一切経はそのまま西大寺にあったわけではなく、829年に法隆寺に移されました。『日本紀略』天長5年2月条に曰く、

庚子。在西大寺四王堂故正四位下吉備朝臣由利之奉写一切経。宛法隆寺為寺経。

国立国会図書館デジタルコレクション - 国史大系. 第5巻 日本紀略

つまり西大寺にある4巻は奈良時代から伝来したというわけではなく、一度寺外にでて再び戻ってきたもののようです。『古筆大辞典』によると「慶応三年(一八六七)前長老尊恵の遺命によって『隅寺心経』並びに銅印とともに西大寺に寄付されたのである。」とのこと。

なお、この東博所蔵の等目菩薩経巻中は田中光顕の『古経題跋随見録』(1919)では「京都下村正太郎蔵」と書かれています。大丸の下村正太郎ですね。11代目?

キャプションは「大ぶりの堂々とした文字で書写した奈良時代後期を代表する写経である」とありました。後期写経は数多く残り、また著名なものも多いので(魚養経、景雲経、善光朱印経など)、吉備由利願経で代表させるのは疑問もありますが、しかしこの東博本がすばらしく魅力的であるというのは間違いありません。

仏説宝雨経 天平十二年五月一日光明皇后願経

1巻|奈良時代天平12年(740)|B-1035-3

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C0032179 仏説宝雨経_巻第9 - 東京国立博物館 画像検索

巻9。おなじみ五月一日経。

紙の感じが吉備由利願経と異なるように見えるのは、状態の違いでしょうか。それとも加工の違い? もしくは、あちらは楮紙こちらは麻紙だから? (写真だと違いは分かりにくいと思います。)

五月一日経は正倉院聖語蔵に750巻、他250巻ほどが諸家蔵と、大量に残るものです*2。それ故かえってありがたみが薄れている感もありますが、しかしやはりこれだけ残っているのはすごい。合計7000巻くらい書写されたのではないかと推定されているもので、1200年以上たった今に7分の1ほどが伝わるというのは驚きです。

五月一日経は奈良中期写経の代表ということで間違いないでしょうが、しかしいま中期写経を堪能するなら、該巻よりもサントリー美術館五島美術館で展示中の紫紙金字華厳経の方がいいような気がします。

賢愚経 巻第三 断簡 (大聖武

1幅|伝聖武天皇筆|奈良時代・8世紀|B-12-16

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C0032622 賢愚経断簡(大聖武) - 東京国立博物館 画像検索

巻3・鋸陀身施品。こちらも東大寺伝来ですね。

この写経は荼毘紙と呼ばれる珍しい紙を用いています。同様の紙を用いたもので1行17字の写経を中聖武、それより字数の多いものを小聖武と呼びます(呼び分けはそれほど厳密ではないと思われ)。

荼毘紙というのは細かく黒っぽい粒が無数に見える紙で、かつては香木を細かく砕いたものを漉き込んだ紙だと言われていましたが、現在ではマユミを原料とした紙であり、微細な粒子はマユミの靭皮繊維に含まれる樹脂成分や粗い繊維(つまり原料由来のもの)であると判明しているはず。この大聖武の展示解説でも「料紙はマユミの繊維から作られた白荼毘紙をもちいている。」と書かれています。

しかし、この説は広まっていないのか、疑わしいところでもあるのか。藤田美術館には荼毘紙に書写された十住経巻3(中聖武)が所蔵され、藤田美術館展で東京での展示はありませんが巡回先の福岡市美術館で展示予定であり、図録に収録されています。この図録(もちろん2015年発行)の解説では「香木の粉を漉き込んだ荼毘紙」と旧説のままなんですよね。うむ。

秋萩帖

東京国立博物館 - 展示 日本美術(本館) 秋萩帖 作品リスト
本館2室|2015年9月8日(火) ~ 2015年10月4日(日)

秋萩帖

国宝|1巻|伝小野道風筆|平安時代・11~12世紀|B-2532-1

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秋萩帖/淮南鴻烈兵略聞詰(紙背) - e国宝

国宝室は秋萩帖でした。もともと図版でしか見たことない時点であまり魅力の感じませんでしたが、本物を見てもさほど印象は変わらず。むしろ紙背の淮南鴻烈兵略聞詰の方が興味あります。

仏教の美術―平安~室町

東京国立博物館 - 展示 日本美術(本館) 仏教の美術―平安~室町 作品リスト
本館3室| 2015年9月15日(火) ~ 2015年10月25日(日)

法華経

1巻|藤原定信筆|平安時代・12世紀|個人蔵

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定信筆と推定される法華経巻1。前回の展示の時にもこのブログで取り上げました。

法華経法師功徳品第十九

重文|1巻|平安時代・12世紀|B-2500

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法華経法師功徳品第十九 - e国宝

装飾一品経。e国宝の解説によると「鳥取の大雲院に伝来」とのこと。

また「界は金の截金(きりかね)・天地には金・銀の切箔・砂子を散らし、小花唐草文を摺り出すなど、さまざまな装飾の限りを尽くした華麗なもの。」とあります。この摺り出された「小花唐草文」とは2枚目右上の赤い模様でしょうか。

表紙は改装しているでしょう。原装では見返絵が描かれていたかも。

軸端は水晶?

紺紙金字法華経

1巻(8巻のうち)|鎌倉時代・嘉元2年(1304)|B-2886-1

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展示は巻1のなかほど。

嘉元2年と明記している以上奥書があるはずですが、その部分は展示されず。資料館に行って館内限定の画像検索でも奥書部分の画像は見当たらず。また田中塊堂さんの『日本古写経現存目録』にも載っていない模様。資料館に開架されていた東博の所蔵品目録の類(書名失念)には8巻で嘉元2年の奥書ありなどという記述がありましたが、それ以上のことは分かりませんでした。

法華経 方便品 (竹生島経)

国宝|1巻|平安時代・11世紀|B-2401

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法華経方便品(竹生島経) - e国宝

展示は本紙すべて。

仏教美術事典』*3の「竹生島経」項(執筆は島谷弘幸さん)には次のように書かれています。

下絵の文様は、金峯山埋経の金銀鍍双鳥宝相華文経箱(奈良・金峯山寺蔵)や一〇三一(長元四)年の作品と考えられる金銅宝相華経箱(延暦寺蔵)などの毛彫で表された宝相華などの文様と近似しており、宝相華文様の様式が和様化を見せている。

この金峯山寺蔵の「金銀鍍双鳥宝相華文経箱」は三井記念美術館で開催中の「蔵王権現と修験の秘宝」展で展示される予定です(後期展示、10月6日から)。

写真3枚目の水鳥の下絵がかわいらしい。

松花堂昭乗による別紙奥書。

右法華方便品伝来
源左府俊房公之墨痕云々
這公被書宇治平等院
扉之由見于能書伝今以
此経校之恰如合符節无
毫釐之差最可謂奇珍
者乎依所望加奥書

  寛永丁卯孟春日
  雄徳山伝法比丘昭乗(花押)

紫紙金字法華経巻第八断簡

1幅|伝菅原道真筆|平安時代・9世紀|柳澤敬素氏寄贈・B-3244

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巻8・陀羅尼品。大正9巻59頁上段7行目から中段4行目まで。

東明寺本でしょうか。巻2・3が奈良博(法華経 巻第二・三|奈良国立博物館)。また以前紹介したフリーア美術館所蔵の断簡(Object | Online | Collections | Freer and Sackler Galleries)がツレだと思います。東博断簡とフリーア断簡のあいだは1紙。

かつてこの紫紙金字法華経国分尼寺経ではないかという説もあったようで、2007年の展示の際にはそのように紹介していたようですが(東京国立博物館 常設展(書) - 徒然なるまままに)、今回はキャプションでこの説は否定的に紹介し「平安時代前期の紫紙金字法華経の貴重な遺例である」としています。なお、東博のサイトで検索すると2008年の展示までは奈良時代・8世紀、2012年の展示から平安時代・9世紀としているようです。

笠置切

1幅|万里小路宣房筆|鎌倉時代・14世紀|B-12-22

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巻5・涌出品。大正9巻40頁中段1行目から5行目。

万里小路宣房真筆の法華経、いわゆる笠置切。この断簡と、手鑑「毫戦」(東博蔵)所収断簡、写経手鑑「染紙帖」(五島美術館蔵)所収断簡の3葉を拝見したことがあります。また図版も何種類かみました。見るたびにいいなあと思う、かなり好きな写経です。藤田美術館に巻6が所蔵されており藤田美術館展に出品されていますが、東京では展示されず、巡回先の福岡市美術館では展示予定とのこと。うらやましい。

宮廷の美術―平安~室町

東京国立博物館 - 展示 日本美術(本館) 宮廷の美術―平安~室町 作品リスト
本館3室|2015年9月15日(火) ~ 2015年10月25日(日)

和漢朗詠集 巻下 (益田本)

重文|1巻|平安時代・11世紀|B-2764

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和漢朗詠集 巻下 (益田本) - e国宝

益田朗詠。様々な紙を交用したもの。写真2枚目の染紙と飛雲紙に揉箔を撒いた料紙は、写真やe国宝の画像では分かりにくいですが、雲母砂子も撒いていて、しかもそれがよく残っていてキラキラと光ります。打曇もきれいですね。

古今和歌集巻第十一断簡(筋切)

重美|1幅|伝藤原佐理筆|平安時代・12世紀|B-3027

C0021966 古今集_巻第11断簡(筋切) - 東京国立博物館 画像検索

  題不知    読人不知
ゆめのうちにあひみむことをたのみつゝ
くらせるよひはねむ事もなし
こひしねとするわさならしぬはたま
のよるはすからにゆめにみえつゝ
なみたかはまくらなかるゝうきね
にはゆめもさたかにみえすそありける
こひすれはわか身はかけとなりにけりさ

巻11・525-528上句。古筆学大成2古今和歌集22伝藤原佐理筆筋切・通切本古今和歌集、図版43。

羅文紙。上記法華経の推定筆者である定信の父定実筆と考えられている古今集の断簡です。サントリー美術館で開催中の藤田美術館展にもツレが出品されていますね。前期は5葉中2葉が同じ羅文紙でした。後期まだ行っておりません。

古今和歌集断簡(本阿弥切)

1幅|伝小野道風筆|平安時代・12世紀|森田竹華氏寄贈・B-2987

C0076853 本阿弥切 - 東京国立博物館 画像検索

さゝ まつ ひは はせをは
いさゝめにとき松まにそひはへぬる心はせ
をは人にみえつゝ
なし なつめ くるみ ふちはらのたかつねの朝臣/の女子
あちきなしなけきなつめそ月ことにあひく
るみをすてぬものから
 からことゝいふところにてはるたつ日
なみのおとのけさからことにきこゆるは
はるもくらてやあらたまるらむ
そめとの あはた
 うきよをはよそめとのみそのかれゆく
 くものあはたつ山のふもと□

   たねしあれ□いはにも松
はおいにけりこひをしこひはあはさ
らめかも    □さな/\たつ
かはきりのそらにのみうきておもひの
あるよなりけり
    わすらるゝときしなけれは
あしたつのおもひみたれてねをのみそ
なく
からころ□ひもゆふくれに
なるときはかへす/\そ人はこひしき

第1紙は巻10・454-456および1105、第2紙は巻11・512-515。唐紙で、前者は雲鶴文、後者は夾竹桃文。

伊勢集断簡(石山切)「花すゝき」

1幅|伝藤原公任筆|平安時代・12世紀|個人蔵

これは撮影禁止でした。東博蔵品ではないのでもちろん東博画像検索にも載らず。また古筆学大成にも掲載されていないようです。

  みかとの御
花すゝきよふことりにもあらねとも
むかしこひしきねをそなきぬる
わかそてのかはりにおふるはなすゝき人を
まねくとしらさらめやは
さよふけてねられぬをりはほとゝきす
君にきかれぬねをそなきぬる
ひとまちてなきつゝあかすよな/\はいたつらね

伊勢集370-373第4句途中。展示場ではちょっと距離があり、かつ図版も見つけられなかったので(『王朝美の精華・石山切 : かなと料紙の競演』*4にもなし)細かいところは分かりませんが、破継ぎ銀泥下絵の料紙でした。

古今和歌集断簡(巻子本)

1幅|藤原定実筆|平安時代・12世紀|植村和堂氏寄贈・B-3277

C0031014 巻子本古今集切 - 東京国立博物館 画像検索
C0066485 巻子本古今集切_あしひきの - 東京国立博物館 画像検索

  をむなおやの思にて
  山寺に侍りけるをある人の
  とふらひにつかはしけれは
  返事によめる
       読人不知
あしひきの山へにいまはすみそ
めのころものそてのひる時も
なし

巻16・844。古筆学大成2古今和歌集24伝源俊頼筆巻子本古今和歌集切、図版143。

巻子本古今集は筋切・通切と同じく定実筆と言われています。料紙は唐紙(蝋箋)。鶴・蓮唐草文でしょうか。「その他の技法 | かな料紙 - 小室かな料紙工房 -」にて蝋箋の製作方法が解説されています、ご参照下さい。同サイト内には唐紙なども紹介されています。

*1:ここは表紙と第1紙の継目で、表紙は改装されています。継目印は他の継目にもあり、e国宝だとよりはっきりと見ることができます。もう一つの黒丸印は分かりませんでした。

*2:央掘魔羅経巻第三(五月一日経) 文化遺産オンラインに依ります

*3:中村元・久野健監修、東京書籍、2002年、NDKサーチ

*4:『王朝美の精華・石山切 : かなと料紙の競演 : 徳川美術館新館開館二十周年記念秋季特別展』徳川美術館、2007年、NDLサーチ