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平安時代の列帖装(綴葉装)本

山本信吉さんの『古典籍が語る : 書物の文化史』*1の63ページに、「綴葉装本」として次の表が掲載されていました。

史料名 巻数 所蔵先
万葉集巻一六(尼崎本) 一帖 京都大学
類聚古集 一六帖 京都・大谷家
古今集(元永本) 二帖 東京国立博物館
古今集(清輔本) 二帖 東京・前田育徳会
古今集(関戸本) 一帖 愛知・関戸家
古今集(亀山切) 一帖 東京・藤原家
後撰集 一帖 栃木・二荒山神社
重之集 一帖 東京・徳川黎明会
道済集残巻(彩牋) 一帖 東京・前田育徳会
入道大臣集(彩牋) 一帖 東京・前田育徳会
時明集(色紙) 一帖 京都・冷泉家時雨亭文庫

本文中ではこの表について触れていなかったので詳しいことは分かりませんが、平安時代の綴葉装本を挙げたもの(ただし網羅ではない)でしょう。

このうち、特に古い可能性があるのは関戸本、亀山切、重之集あたりでしょうか。はっきりしたことは分かっていないようですが。また道済集残巻は粘葉装ではないかと。

以下、簡単に。

万葉集巻一六(尼崎本)

1帖|京都大学

万葉集巻十六の零本。38丁(墨付37丁)、落丁・錯簡あり。推定書写年代は諸説ありますが、京大は「平安末~鎌倉初」と見ているようです。

ほか、巻十二断簡が残っています(諸家蔵)。以下、ウェブ上で見れるものですが、センチュリー文化財団は「11世紀後半から12世紀はじめにかけて」、文化遺産データベースは「11世紀半ば」と推定書写年代はバラけています。

類聚古集

16帖|龍谷大学

類聚古集は万葉集を再編したもので、藤原敦隆(?-1120)撰。この龍谷大学蔵本は、古筆大辞典によると平安時代の末から鎌倉時代の初めの書写とのこと。

古今集(元永本)

2帖|東京国立博物館

書写年代は上巻奥書の「元永三年七月廿四日」から1120年。

古今集(清輔本)

2帖|東京・前田育徳会

上下2巻。上巻は175丁(墨付172丁)、下巻は159丁(墨付154丁)、上下とも数丁落丁あり。下巻には平治元年(1159)と保元2年(1157)の年記をもつ奥書があり、年記が前後しているそうですが、とりあえず書写年代は12世紀半ばでしょう。

なお、現在石川県立美術館で展示中です(6月7日まで。後出の道済集も出てますがこれは5月17日まで)

古今集(関戸本)

1帖|愛知・関戸家

8巻にわたる48丁の零本が伝存していましたが、1952年頃に切り取られ、現在は7巻にわたる27丁の零本となっているものです。同色の濃い色2枚と薄い色2枚の4枚で1括、濃→薄→濃に変化する繧繝の配色。推定書者年代は11世紀半ばから12世紀前半でバラけています。

諸家蔵の断簡は、1952年ごろに切断されたものが主です。

後撰集

1帖|栃木・二荒山神社

いわゆる二荒山本後撰集。巻一から十までの上巻が残ります。今城切や長谷切と同筆で藤原教長筆と推定されているもので、書写年代は12世紀半ば。

重之集

1帖|東京・徳川黎明会(愛知・徳川美術館)

重之集巻末の重之百首が書写されたもの。22丁(墨付18丁)。書写年代は11世紀中後期、また12世紀という人もいます。

道済集残巻(彩牋)

1帖|東京・前田育徳会

前田育徳会にある道済集といえば

のことだと思うのですが、これは粘葉装のはず。渋谷栄一さんのサイトをご参照ください。

東博所蔵のツレの断簡(同じもの)

それとも他に綴葉装の道済集があるのでしょうか。

入道右大臣集(彩牋)

1帖|東京・前田育徳会

表には「入道大臣集」とありますが、おそらく「入道右大臣集」のこと。堀河右大臣藤原頼宗の家集。31丁(うち3丁は後補)。古筆大辞典には「書写年代は俊頼の時代である」とあるので、11世紀末から12世紀初めでしょうか。

時明集(色紙)

1帖|京都・冷泉家時雨亭文庫

冷泉家時雨亭叢書第20巻平安私家集7(NDLサーチ)の「時明集」。