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本願寺本三十六人家集の装丁と書写の前後関係について

以前、粘葉装本の書写と装丁の前後関係について書いたことがあります。

粘葉装の書写は綴じの前か後か? - ときかぬ記

扇面法華経で1箇所、文字が綴じ目をまたいでいるように見えるところがあるので、少なくともこの扇面法華経は綴じた後に書写しているのではないかと書きましたが、あらためて見返してみると画像の精度が不十分でなんとも言えないなあとも思っております。

また、元暦校本・東大寺切・今城切の界線についても、きちんと調べてはいませんが、糊代痕に界線が残るように見えるのをいくつか目にしたので、少なくとも界線は本を綴じる前に引いているように思います。界線が綴じの後であれば本文書写も必ず綴じの後になるわけですが(界線を引いた後に本文を書写するのだから)、界線が綴じの前ということになれば、本文書写の前後関係ははっきりしたことが言えなくなります(ただし、前の可能性が高そう)。

また「フリーア・サックラーギャラリーの写経 - ときかぬ記」で取り上げた

Object View | Open F|S | Collections | Freer and Sackler Galleries

糊代痕に「十六(1字読めず)」と、ノンブルのようなものがあり、この錯簡防止のためと思われる数字が原初のものであるとすれば、この写本については書写が装丁の後ということになります。

山本信吉さんの『古典籍が語る―書物の文化史』*1p58には

 粘葉装本の装幀の最大の特徴は、まず一枚一枚の料紙に文字を書いて、それを製本することである。つまり、印刷本の製本で印刷した料紙を重ねて本に仕立てているのと同じ方法である。現存する平安・鎌倉時代の一般的な粘葉装本の製本の仕方をみると、まず製本以前の一枚一枚ばらばらの料紙に、必要に応じて界線を施し、それに本文を左ページから表裏に書写している。書写し終わると、半折し、外側の糊を付ける部分に料紙の順序を示す製本用の丁数を墨書し(ときには書名、書写年月日、筆者名を書く場合もある)、界線の位置を合わせて順次糊付けし、貼り合わせが終わると料紙の天地の余白を裁断して形を調え、必要に応じて表紙を付けている。粘葉装本の背をみると上部の所に墨または小刀で切った跡が付いているが、これは製本にさいして本文の文字の高さを整えるため、界線の位置をしるしたもので、このしるしを目途に料紙を整え、天地の余白を小刀で裁ち落としたのであろう。粘葉装本が、まず一枚ずつの状態の料紙で本文が筆記され、そののちに製本されたことは、粘葉装本に余白の料紙がないことによっても証される。のちに述べる綴葉装本は帖末に余白紙があるのが普通であるが、それは装幀と筆記の順序がまったく異なっているためである。

とありまして、粘葉装本は製本前に書写するのが一般的だったようです。

しかし、やはり粘葉装本でも、装丁後に書写したと考えられるものもあるようです。『日本古典籍書誌学辞典』*2の「列帖装」*3項(執筆は井上宗雄さん)。

書写に際しては、粘葉装が一枚ずつ料紙に書写され、書写が終って製本された(したがって余白紙がない)のに対して、列帖装はふつう装訂の終ったものに書写された(したがって余白紙のある場合が多い)、とするのが一般である。ただし、粘葉装も製本後に書写されたものがあり、列帖装にも書写後の製本、あるいは仮綴じして書写したのち装訂されたものがあるようである。

この製本後に書写された粘葉装とは具体的にどの本を指し、また何を根拠に装丁が書写に先立つとしているのか気になります。項末の参考文献欄を手がかりに、櫛笥節男さんの「綴葉装本及び粘葉装本の書写と装訂の前後関係について」*4を読んでみました。

そこで挙げられていた具体例は本願寺本三十六人家集。こんなメジャーな作品の名が出てくるとは思わずちょっと驚きました。そして、その根拠は余白紙です。本願寺本の貫之集上と躬恒集、順集には巻中に余白紙があります。そのうち貫之集上は除き、躬恒集の4丁と順集の2丁の余白は書写に適さない濃い色の料紙だそうです。仮に書写が先であれば、そんな余白紙をわざわざ交ぜて綴じる必要はないでしょう。先に綴じていて、書写に適さないから飛ばしたと考える方が自然です。また巻頭の余白も1丁のものもあれば2丁のもあり、後者は濃い色の料紙。さらに言うと、巻末の余白も0から3丁とバラけていて、製本後の書写だからこそ起きた現象でしょう。

というわけで、粘葉装本は書写の後に製本するというのが一般的なようですが、なかには順序が逆のものもあるようですね。扇面法華経はどうなんでしょう。

*1:八木書店、2004年、NDLサーチ

*2:井上宗雄 [ほか]編、岩波書店、1999年、NDLサーチ

*3:なぜ「粘葉装」項ではないかというと、別の用件で「列帖装」項を引いてこの箇所を見つけたものの、「粘葉装」項を引き確かめるのを忘れたから。また機会があれば確認します。

*4:『汲古』30号、汲古書院、1996年、NDL search