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金銀交書経

最近、金銀交書経について書かれたものを立て続けに読み、また本物(中尊寺経)を拝見した(@根津美)こともあって、気になったので調べて整理してみました。思いの外いろいろ種類があります。

一切経

A.五台山で円仁が見た金銀字一切経

円仁の『入唐求法巡礼行記』巻第三・開成五年七月二日に記されているもの。現存についての記述を見たことはないので、残っていはいないと思われます。

閣を下り普賢道場に到って経蔵閣を見る。大蔵経六千余巻は惣て是紺碧紙、金銀字、白檀〔に〕玉牙〔をはめた〕軸なり。願主の題を看るに、鄭道覚と云う。長安の人なり。「大暦十四年〔七七九〕五月十四日、五臺を巡って親しく大聖一万菩薩及び金色世界を見る。遂ち発心して金銀字の大蔵経六千巻を写す云云」と*1

大蔵経六千余巻」について東洋文庫本補注に「中国の一切経目録で六千巻に及ぶものはないが、これらは朝廷の公認により入蔵されたもの以外の仏典も多く存したから、それらをも加えたものかもしれない。」とあります。

原文「白檀玉牙軸」を「白檀〔に〕玉牙〔をはめた〕軸」つまり白檀は軸木、玉や牙は軸頭(軸端)と解釈していますが、白檀も軸頭として挙げているのかもしれません。

「軸端」には、紫檀(したん)、黒檀(こくたん)、花櫚(かりん)、白檀(びゃくだん)など、東南アジア産の、表面の美しい木材や、ガラス、瑪瑙(めのう)、水精(すいしょう)、瑠璃(るり)、金銅などが用いられた。

万葉集と古代の巻物 巻物用語事典(1)

「玉」はガラス、瑪瑙、水晶、瑠璃などが候補、「牙」象牙でしょう。

B.閩国王審知による金銀字四蔵経

923年、五代十国の一つ閩国を建国した王審知の命によって書写・奉納された金銀字四蔵経(4セットの金銀字一切経)。一部現存する由。

『十国春秋』巻九十・同光元年(923)十月に、この一切経に関する記述があります。

泥金銀萬餘兩作金銀字四藏經各五千四十八卷旃檀爲軸玉飾諸末寶髹朱架納龍脳其中以滅蠹蟫

十國春秋卷九十~卷九十四 page 38 (Library) - Chinese Text Project

大意は「金銀を大量に泥にして5048巻の一切経を4セットを作成、軸木は旃檀(白檀)・軸頭は玉、朱漆塗(髹朱)の箱に納める。防虫剤(龍脳)を入れているので蠹蟫(紙魚)は駆除される」あたりでしょうか。

こちらは白檀を軸木に使っていると読めます。5048巻なので『開元釈教録』に基づくものでしょう。

入間田宣夫さんは、中尊寺経がこの王審知による金銀字一切経に影響を受けたものである可能性を指摘しています*2。また「福建省泉州の開元寺に一部が現存」*3とのこと。

C.中尊寺経(清衡経)

法華経

A.延暦寺本(8巻)

延暦寺蔵。8巻。伝円仁筆。平安時代中期。

表紙は紺紙、金銀泥で宝相華唐草、見返しは金銀泥で法華説相図を描いている。縦27cm。和様の写経体。箱に「法華経一部八巻、慈覚大師真筆、延暦寺蔵」。平安時代中頃の書写か。*4

文化遺産データベース

B.浄土寺本(巻七)

広島県尾道市浄土寺蔵。1巻。天暦三年(949)書写。27.5cmx6.71m*5

巻末奥書は*6

天暦三年歳次己酉六月廿二日奉仕畢
           [   ]紀則常
           女壇主物部氏

なお

巻初は金字の行と銀字の行を1行ごとに交互に記し,後段は金泥(きんでい)書きにしたもの

広島県の文化財 - 紺紙金銀泥法華経巻第七 - 広島県ホームページ

とのこと。

C.五島本(巻二)

五島美術館蔵。1巻。伝小野道風筆。

金襴の表紙は後補。25.2cmx8.84m、銀界20x2cm。巻末に中院通村の識語「此法華経第二巻金銀字者、野跡之真書、絶代之奇観也、当世翫翰墨輩、秘之者、不過十数行、而今此一巻、在小松中納言倉庫多年云々、盖是無量珍宝、不求自得之謂乎、槐陰散木通村(印)」(6行)。「小松中納」は前田利常。*7

五島美術館公式サイト
http://www.gotoh-museum.or.jp/collection/col_09/08195_351.html

D.巻一断簡

  1. フリーア蔵。序品、巻頭。26行。Object View | Open F|S | Collections | Freer and Sackler Galleries
  2. センチュリー文化財団蔵。序品。28行。センチュリー文化財団 オンラインミュージアム
  3. 巻末断簡。方便品。10行(以上)、尾題含む。24.6x23.7cm。『久能寺経と古経楼』*8p109に図版あり。

ツレであると断定はできませんが、可能性があると思うのでまとめました。センチュリー文化財団のサイトでは「五島美術館所蔵の巻第二と僚巻をなしていたものの断簡と思われる」と書かれています。五島本とフリーア断簡は、内題が金字、本文1行目が銀字という体裁は一致しています。

E.巻六断簡

法師功徳品。25行(以上)。25.0x46.2cm。『久能寺経と古経楼』p109に図版が掲載されているもの。C、Dとの関係は不明です。

F.薬王品

1巻。紺紙、縦25cm、界20.3x1.8cm。「字形は整斉にして点画は温雅な和様の写経体」。*9

8巻本であれば巻七にあたります。

G.植村和堂『日本の写経』に見える3葉

  1. 巻二。26行。
  2. 巻六、分別功徳品。9行。日本名筆全集第四期巻一〇「平安時代写経篇」p26に図版ある由。また思文閣目録にも。(ともに未確認)
  3. 巻七、妙音菩薩品。26行(1紙)。道風の系統を引く優雅な和様写経体。48.9x25.1cm。界20.2x1.8cm。

『日本の写経』*10p132に掲載されているもの。以上3葉、植村和堂さんはツレと見なしています。巻二が含まれるので、五島本とは別本。

H.金銀交書法華経

陽明文庫蔵大手鑑所収。伝菅原道真筆。5行(銀字3行・金字2行)。料紙は薄藍色の紙、28.2x9.9cm、界21.8x2cm。*11 料紙色が異なるので、上記のものとは別本でしょう。

I.金銀交書法華経

  1. 陽明文庫蔵大手鑑所収。7行。24.9x13cm、銀界21.4x2cm。
  2. 陽明文庫蔵。巻子本。25行。縦28.5cm、銀界21.5x2cm。

斐紙の白紙。小野道風の筆者伝承があるが、書写年代は道風の時代よりかなり下るか。*12 Hと同じく、更に別本でしょう。

J.金銀交書細字法華経

巻子本、紺紙。1行34字より少し多い。金字や銀字を2行続けて書いているところも。*13

完存しているのか一部なのかについては記述ありません。

K.卜海書写本(勧持品)

卜海写。仁安二年(1167)。一品経か。

表紙は紺紙、金銀泥で宝相華唐草、見返しは金銀泥で釈迦説法図。料紙は紺紙で18cmx1.45m。1行18から20字。巻末に奥書「仁安二年丁亥九月十三日、為宿願奉書写、金剛仏子卜海」(2行)。*14

L.無量義経

1巻完存。表紙は宝相華、見返しに説法図。料紙は紺紙、1紙29行、紙高25.5cm、銀界19.8x1.8cm。行成系統の筆跡。*15 

その他

A.正倉院文書に記載された金銀交字の神符経

神符経一巻〈縹紙 紫表 綺緒 朱軸 金銀交字〉

| 正倉院文書データベース | SOMODA |

天平十年(738)の『経巻納櫃帳』。*16 現存せず。

B.紺紙金銀交書般若心経

もと巻子本、現在は写経屏風に押されている。縦24.3cm、金界20.7x2cm。1行のうちに金字と銀字を交ぜる。*17

C.金銀交書阿弥陀経

巻子本。表紙は宝相華唐草、見返しは宝殿中の説法図。四周(?)に蓮華、天地に散蓮華を描く。*18 料紙の色は書かれていないので不明です。

D.出典不明2行断簡

出典記載せず。2行。銀泥界高6寸3分(19cm)で、6寸5から6分の清衡経より少し低い。書風は古い。*19 料紙の色は不明。ただ細かい比較をした上で清衡経(中尊寺経)ではないと判断している書きぶりから、一見中尊寺経に似ているものだと思います。すなわち紺紙ではないかと。

E.出典不明3行断簡

出典記載せず。3行。天地の界は金泥、縦の界は銀泥、界高6寸6分。清衡経より古体か。*20 上記同様、紺紙だと思われます。

F.『落窪物語』巻三

一日に仏一はしらを供養せむと始め給ひければ、合せて仏九体、経九部なむ書かせ給ひける、清げなることかぎりなし、四部にはいろいろの色紙にいろいろのこがね、しろがねまぜて書かせ給うて、軸にはいと黒うかうばしき沈をして、置口の経筥に一部づつ入れたり*21

G.『看聞御記』応永32年(1425)3月17日条

紺紙御経五巻書初、金銀泥相交之間大事也*22

*1:円仁 著、足立喜六 訳注、塩入良道 補注『入唐求法巡礼行記 2』平凡社東洋文庫442〉、1985年、NDL search、p63-64

*2:入間田宣夫、豊見山和行 著『北の平泉、南の琉球中央公論新社〈日本の中世5〉、2002年、NDL search、p75-76

*3:斉藤利男『平泉 : 北方王国の夢』講談社講談社選書メチエ588〉、2014年、NDL search

*4:『古筆大辞典』「紺紙金銀交書法華経」。春名好重 編著、淡交社、1979年、NDL search

*5:『古筆大辞典』「紺紙金銀交書法華経

*6:頼富本宏、赤尾栄慶 著『写経の鑑賞基礎知識』至文堂、1994年、NDL search、p197による

*7:『古筆大辞典』「紺紙金銀交書法華経小野道風)」

*8:五島美術館、1991年、NDL search

*9:『古筆大辞典』「紺紙金銀交書法華経

*10:工学社、1981年、NDL search

*11:『古筆大辞典』「金銀交書法華経切」

*12:『古筆大辞典』「金銀交書法華経切(小野道風)」「金銀交書法華経切」

*13:『古筆大辞典』「金銀交書細字法華経

*14:『古筆大辞典』「紺紙金銀交書法華経(卜海)」

*15:『日本の写経』p134

*16:『古筆大辞典』「金銀交書経

*17:『古筆大辞典』「紺紙金銀交書般若心経」

*18:『古筆大辞典』「金銀交書阿弥陀経

*19:『日本の写経』p136

*20:『日本の写経』p136

*21:『古筆大辞典』「金銀交書経

*22:『古筆大辞典』「金銀交書経