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雲紙金界墨書の仮名書き法華経

雲紙(天地)に金界を引き仮名法華経を墨書した遺品は次の3点が知られています。

  • A. 瑞光寺本。巻六・巻七の9品。現状一品経で9軸(巻)だが、もとは8巻(または開結含め10巻)仕立てのうちの2巻か。
  • B. 伝後京極良経筆 仮名法華経切。断簡、序品のみ。
  • C. 伝世尊寺行尹筆 仮名法華経切。断簡、方便品のみ。

Aは中田祝夫 編・監修『妙一記念館本仮名書き法華経 研究篇』*1に影印・翻刻が載ります。中田祝夫さんの略解説によれば、紙高27.2cm、行高約20cm、行幅1.85cm、書風は鎌倉時代中後期(13世紀半ば頃か)、料紙(美しい雲紙)は明らかに鎌倉期とのこと。

BとCは小松茂美 著『古筆学大成』第25巻*2に図版・解説が載ります。

Bは図版8葉(うち1葉は模刻)、解説では「紫式部日記絵詞」や「承久本北野天神縁起」(1219年成立か)の詞書と書風が近似すること、「承久本」とは雲紙の趣向も一致することから、13世紀初頭の書写と推定しています。Cは図版10葉、伝称筆者の行尹と同時代の書風で14世紀初頭頃の書写と推定しています。つまり両者は1世紀ほどの隔たりがあるようです。

野沢勝夫 著『「仮名書き法華経」研究序説』*3では、「「瑞光寺本」について」でAについて、「「法華経切れ」に見る仮名書き法華経」でBとCについて書かれています。

以上挙げた文献では、ABCの関係については触れていません。ツレであると考えていれば何らかの言及があるでしょうから、そうではないと認識しているのだと思います。特に学大成はBとCを別立てにした上で推定書写年代が1世紀違うので、明らかに別物だと見なしています。

しかし、これらをもと一具のものだと考えている方もいます。

柏谷直樹「瑞光寺蔵『仮名書き法華経 九軸』について」(CiNii)

ここで柏谷さんは「料紙の同一と認められることを主たる根拠として、もと瑞光寺本と連れであったと判断した、古筆切の現存例」として4葉挙げています。うち出光美術館蔵手鑑「墨宝」所収断簡は学大成に掲載していないもの。

この4葉のうち3葉がCの伝行尹筆で、1葉がBの伝良経筆なんですけれども、これひょっとしたら手違いかもしれません。というのも、徳川美術館蔵手鑑「鳳凰臺」にはBとCの両方があるので、本来はCの方を載せるつもりだったのかも。いずれにせよ、AとCをツレと見做していることは間違いないでしょう。

ABCは別筆です。ただ、Aは柏谷さんは3筆とみていて、つまり寄合書き。であれば、筆跡の相違はもと一具であったことを否定する材料にはなりません。また、この3点はかなり寸法が近い。Aは前掲の中田さんと柏谷さんの文献から。BとCは徳川黎明会 編『鳳凰台・水茎・集古帖』*4*5から。

紙高 界高 界幅
A中田 27.2 約20*6 1.85*7
A柏谷 27.2*8 20.0 1.8
B 27.7 19.9 1.8
C 27.5 19.9 1.9

断簡の方が紙高が少し大きいのは妙ですが巻は別ですし、界高と界幅はほぼ同一。ツレかなあと考えてみたくなります。

しかし、学大成でBとCを別にしてるのは大きいですよね。本物を見ての判断でしょうし。私は図版のみ、しかもAとCはモノクロ図版だけで雲や界の色合いを確認できておらず、なんとも。またBとCは筆跡が結構違っていて(学大成の推定書写年代が1世紀ずれるほどです)、いくら寄合書きとはいえ同一巻(序品と方便品)でここまで違うのは変かなとも思います。やはり、BとCは別、AとCが可能性ありくらいな感じでしょうか。

また、Cのツレと見られる見宝塔品(巻四)断簡も存在するようです。

半蔵門ギャラリー - 仮名法華経 | 古美術品専門サイト fufufufu.com

ほめて善哉といはむとかのほとけ成道し
たまふことをはりて滅度にのそむたまふ
しときに天人大衆のなかにしてもろ/\の比丘
につけたまふしくわか滅度のゝちにわか
全身を供養せむとおもはゝひとつのおほき*9

連綿・墨継ぎが文意にかなわず読みにくいところがあります。あまり内容を理解せずに書写している様子。

2行目の「のそむたまふし」は柏谷さんの論文p138(51)上段に言う「特殊な音便形」*10、4行目「つけたまふしく」は同じく過去の助動詞「き」を補読したク語法。瑞光寺本巻七に見られる特徴を有します。筆跡も近い。AとCを結ぶ材料にならないかなあと思ったり。

*1:妙一記念館本仮名書き法華経 (霊友会): 1993|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

*2:古筆学大成 (講談社): 1993|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

*3:「仮名書き法華経」研究序説 (勉誠出版): 2006|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

*4:鳳凰台・水茎・集古帖 (思文閣出版): 1989|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

*5:各断簡の詳しい説明はありませんが、所収断簡のリストで時代を前者は鎌倉時代、後者は南北朝時代としているので、別物と判断してます。

*6:「行高」との表記

*7:「行幅」との表記

*8:界高+上欄+下欄

*9:大正9巻32頁中段13から16行

*10:これが活用・接続の問題ではなく音便だというのがよくわからないのですが、現象は同じだと思います。