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鏡文字・逆さ文字・横倒し文字

出光美術館の笠嶋忠幸さんが書かれた日本美術における「書」の造形史(笠間書院)の「第四章 書表現にみる造形意識と遊戯性」に、遊戯的な書の遺品が紹介されているのですが、このうち特に鏡文字などを用いた作品について取り上げてみたいと思います。

一行書「雪月花」 雪村周継筆(狩野養信模)

東京国立博物館
C0088304 雪村_雪月花文字画 - 東京国立博物館 画像検索
なぜか画像が横倒しになっているので見難いですが、PCの場合は「[Ctrl]+[Alt]+[←]」で見やすくなります。「[Ctrl]+[Alt]+[↑]」で元に戻ります。

「雪」が逆さ文字で「月」が鏡文字。「花」は普通に書いていますが、最終画から左上に伸ばして梅花を描いています。

原本が現存せず、この江戸時代の模本しか伝わらないものですが、笠嶋さんによれば「この作品がかつて実在したものである信憑性は高いといえるだろう」とのことです。

東博のサイトでざっと検索したところ、近年展示されていないようですね。見てみたいものです。

一行書「布袋和尚」 雪村周継筆

五島美術館
猿図 僊可筆・「布袋和尚」一行書 雪村周継筆 | 五島美術館

こちらは雪村の真筆のようです。「尚」が鏡文字であるということはつとに指摘されることですが、笠嶋さんはおもしろいことを言っています。

下段の字形は左右反転に書いていることは見たとおりだが、それにしても線条に現れる不自然な揺らぎと、先の擦れ具合から判断できる筆の運行角度など、技巧面から仔細に考察してみると、右手の線と認めることは難しい。すなわち、上段から下段に入る際、筆を左手に持ちかえて書いた可能性が強いと推察する。

ついでながら、「布」の最終縦画は瀑布のイメージ、「袋」のたすき掛け状の長い斜線は布袋の持ち物である杖を模したもの、「和」の口は布袋の大笑いする顔のイメージを含ませようとする字体ではないかという推測も楽しい。

この作品は五島美術館で何度か見たことがありますが、三幅対での展示だけしか見たことないんですよね。「この三幅が、成立当初から対であったかは不明」(上記リンク先)とのことですが、中央の一行書はともかく、「猿図」を双幅として掛けたらどんな感じになるか興味あります。

一行書「別無工夫」 夢窓疎石

相国寺
File:Muso Soseki 3.jpg - Wikimedia Commons

「無」が鏡文字と言いたいところなんですが、反時計回りに結び目を作ったのちの下の部分は通常の書き方に戻っています。夢窓疎石の遺墨を見ると、「無」字は正規の草書体とこの上半分が反転した草書体の両方があり、二種類の書き方をしていたようです。

なお「別に工夫なし」と言いながら「無」の字を工夫してんじゃんとか思いますが、

書表現における造形意識と主題となる文言のイメージとが必ずしも一致するとは限らない証左である。いわば書かれる言葉の意味内容と、表現の指向性とが乖離することが、まさに書表現における遊戯的特質となっているのだ。

とのことです。

円頓止観 伝尊円親王

公益財団法人 アルカンシエール美術財団蔵(原六郎コレクション)

これが一番すごいんですが、残念ながら画像を見つけられませんでした。本には図版が載っていますので是非ご確認下さい。1986年徳川美術館で開催された『ふみのみち』展に出品されたようで、その展覧会図録にも載っています。

ふみのみち : 宸翰様と青蓮院流 春季特別展 (徳川美術館): 1986|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

鏡文字や逆さ文字、横倒し文字を使いながら曲芸のように巧みに書き連ねられた書で、見ごたえあります。しかし、この異様の書が、書論『入木抄』に於いて「異様の事を好むべからざる事」と書いた尊円親王を伝称筆者とするのは興味深いですね。

同展でこの作品を紹介された四辻秀紀氏も、図録解説で、伝承筆者名が尊円親王であることと、そしてこの表現が『入木抄』の記述に合致するという奇妙な関係にあることを指摘している。

なお、この「四辻秀紀氏」とはいま大変なことになっている四辻さんのことです。

大和州益田池碑銘並序 空海筆(模本)

国立国会図書館デジタルコレクション - 弘法大師真蹟全集. 第11帖
高野山・釈迦文院蔵

この作品は空海真筆の平安時代後期頃における模本と考えるのが一般的だと思いますが(たとえば「高野山霊宝館【収蔵品紹介:書跡】」)、本書では「空海が本当にこうした書きぶりを行ったか否かについては別の問題として」などと含みのある表現をしています。

ここで取り上げられているのは末尾の3,4字(上記リンク先「30-32コマ」の部分)です。

1文字目が「池」で、2文字目は「濟」の鏡文字。続く文字については、「正確な判読は難しいがその字姿から見て、次の文字は「書」字の草書体を反転した字姿のようであり、最後の文字は「之」字を横に倒し変形させた字形のように見える」と笠嶋さんは言います。この字は読むのが難しいらしく、リンク先の本では1字と見なして「上」としていますし、また本書が引用するものでは「之」や「民」を挙げつつも匙を投げている様子です。

日本美術における「書」の造形史

日本美術における「書」の造形史