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五島美術館での赤尾栄慶先生の講演と祈りの造形展

五島美術館で開催中の館蔵祈りの造形展に行ってきました。

五島美術館での古写経を中心とした館蔵品展を訪れるのは初めてなのですが、さすが古経楼と号し東の五島西の守屋と謳われた五島慶太翁のコレクション、いやはや圧倒されました。また本日は京都国立博物館上席研究員の赤尾栄慶先生のご講演もあり、これがまた非常に勉強になるご講演でしたので、印象に残った部分を書き記しておこうと思います。合わせて、展覧会の感想もいくつか。

奈良時代の写経料紙は麻紙と考えられていたが、実際には多くは楮紙であり、さらに飛鳥時代の浄明玄論(京博蔵)も楮紙だし敦煌写経も多くは楮紙ではないか。

奈良写経については多くは麻紙ではなく楮紙だったという話は聞いたことがありましたが、浄明玄論も楮紙だったというのは初耳でした。まだe国宝文化遺産オンラインなどでは「麻紙」としていますね。さらに敦煌写経も楮紙が多いのではないかというのはかなり意外でした。楮紙に比べると麻紙は製造に手間がかかるので楮紙の方が多いというのはわかるのですが、それならばなぜあえて麻紙を使っている写経(たとえば五月一日経は麻紙が多いらしい)が存在するのかという点が気になります。

打紙は紙を継いだあと畳んで重ねあわせてから行うという方法もあったらしい。

京博で行われた紫紙金字華厳経(五島美術館蔵)の修理の際に、料紙にヘコみが見つかったようです。このヘコみは、料紙を畳んで重ねあわせて打紙したので継目と重なる部分にできたヘコみではないかとのことです。すべての打紙がこのような方法で行われたとは限りませんが、ひとつの手法が解明されたというのはすばらしいことですし、それも料紙に残るちょっとした痕跡から判明したというのが心躍るところです。

称徳天皇御願一切経正倉院に742巻残ると言われていたが、実はそのほとんどが別物だった。

2年前にすでに報じられていたようですね、知りませんでした。紀要34号(6)大半が別の写経とわかった「称徳天皇勅願経」 : 宝物 : 第64回正倉院展 : 正倉院展 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)。「巻尾に願文がある4巻以外は称徳天皇御願経ではなく、まったく別の一切経であることがわかった」。

中尊寺経の中には再使用紙がある。

藍で染めた紺紙を用いた紺紙金銀字交書一切経(中尊寺経)のなかには、濃い紺色で染めるから墨字が見えなくなるだろうと考えたのか、反故紙が使われた形跡があるようです。漉返紙を使ったり供養する故人ゆかりの消息などを再利用するなどではなく、もっと実際的な料紙の調達方法ですね。



以下、展覧会の感想です。

4 大般若経 巻第二百二十五(薬師寺経)

藤田美術館に387巻(国宝)ほか諸家蔵の薬師寺経の1巻ですが、見た限りでは原装かなという気がします。裏打ちもしてないようですし、軸首も古そうですし(白木に見えましたが、顔料が剥げたのでしょうか)。表紙は本紙よりちょっと濃い目の茶色で気持ち厚く毛羽立っていたように見えました。巻緒はよく見えませんでしたが、これも古そうでした。どこまで元のままなのかわかりませんが、かなりオリジナルに近いものなのではないでしょうか。

11 法華経 巻第五(藤南家経)

赤尾先生のお話では奈良中期の写経でもっとも字がいいとのことでしたが、ほんとうに素晴らしかったです。かなりオススメです。今まで見た中で一二を争うレベルのお気に入りの写経になったんですが、ざっと検索した限りではまだ影印本が作られていないみたいですね。作ってほしいなあ。

22 金峯山埋経 藤原道長

道長が1007年に土中に埋めた写経ですが、非常に生々しい存在感を放つ一品でした。照明の暗さもあって字は見にくかったですが、見える限りではさすがの名筆。また料紙の紺色が発色良くきれいに見えましたが、気のせいかな。展示されていた他の紺紙経(忠盛筆阿弥陀経中尊寺経、神護寺経)とは一味違った趣きがしました。

54 大般若波羅蜜多経 巻第十五(西蔵文字版経)

これはなかなか珍しい品だと思います。西蔵文字の版経なのですが、細長い紙に刷られており、それを数百枚くらい重ねたもので綴じてはいないようでした。これ自体は西蔵文字版経のひとつのスタイルのようですが、おもしろいのはその側面に模様が描かれてたことです(説明文には描かれていると書かれていましたが、スタンプまたはプリントの可能性はないのでしょうか?)。ちょうど西洋の本の小口装飾のようなもので、17から18世紀の作品ということを考えると直接または間接的に影響下にあるのかもしれません。