判比量論(東寺切)の所在

先日、判比量論の新出断簡に関する報道がありました。

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記事中、判比量論の所在について語られてます。ただ、ざっくりした記述だったのでよくわからず。というわけで調べてみました。

まずは小林強さんの『出典判明仏書・経切一覧稿』の当該部分を引きます。なお、この本は現物の所在をリストにしたものではなく、図版などが載っている資料を整理・列挙したものです。◆は重文、★は当該資料で出典が指摘されていないものの印。

判比量論《東寺切》(◆大谷大学図書館蔵〈神田喜一郎氏旧蔵・重文〉・『当市一鶴庵及某家所蔵品入札目録(大美・大正3年6月11日)』ー123古筆手鑑帖・『当市某家所蔵品入札目録(大美・大正12年5月6日)』ー39古筆手鑑・高まつ帖126・五島美術館蔵手鑑染紙帖〈『写経入門(淡交ムック)』ー129頁〉・★あけぼの〈上〉75・昭和62年度『東京古典会古典籍下見展観大入札会目録』ー1107古筆手鑑・酒井宇吉氏蔵手鑑〈富貴原章信氏「元暁,判比量論の研究」・『日本佛教』29〉・落合博志氏蔵〈平成16年11月国文学研究資料館秋季特別展「古筆と和歌」展示目録ー60・『古筆への誘い』ー61・2面呼び継ぎ〉)

さて、上記の報道は新出断簡に関するものでした。ですから、一応このリストには載っていないと考えます。また「東京国立博物館にも存在が確認されたと説明した」とのことですが、これはおそらく毫戦所収の断簡のことではないかと愚考します。

E0059947 古筆手鑑_毫戦 - 東京国立博物館 画像検索

余談ながら、極札は了音でしょうか。高㮤帖も了音極め。上のニュース記事で、「判比量論のこれら写本はいずれも1冊の本だったが、江戸時代末期に分散したとみられる」とのことですが、了音極めであることと琴山印の欠損状況から、遅くとも18世紀初頭には切断が始まっていると考えられます。

『一覧稿』に掲載されたものに、新出と毫戦断簡を加えてまとめます。

所蔵 資料
A 大谷大学図書館(重文残巻)  
B 不明 『当市一鶴庵及某家所蔵品入札目録』(大美・大正3年6月11日)
C 不明 『当市某家所蔵品入札目録』(大美・大正12年5月6日)
D 三井記念美術館(手鑑「高㮤帖」所収) 『高松帖 古筆手鑑 重要文化財
E 五島美術館(写経手鑑「染紙帖」所収) 『写経入門』(淡交ムック)
F 梅沢記念館(手鑑「あけぼの 上」所収) 『古筆手鑑大成6 あけぼの 上』
G 不明 昭和62年度『東京古典会古典籍下見展観大入札会目録』
H 不明(酒井宇吉氏蔵手鑑所収) 富貴原章信氏「元暁,判比量論の研究」(『日本佛教』29)
I 落合博志氏 『古筆への誘い』
J 東京国立博物館(手鑑「毫戦」所収)  
K 某氏(新出断簡)  

BとCについては資料を確認できずまったくわかりません。同一品を指しているようにも思えますが、『一覧稿』の書式からするに別の断簡と判定している様子。Gも資料を確認していません。Hについては、富貴原さんの論文には翻刻のみで図版はありません。(BとCに疑問はあるものの)AからIまでは、小林さんが別物として掲出しているので、重複はないと考えられます。さらにJが別。ただ、今回のKについては、上のものと重複しないとは言い切れません。たとえばBやC、またはGと同じものであるという可能性を私は否定することができませんでした。

さて、次のツイート

師さんがここで挙げてらっしゃるのは、ADEIJKです。現在所在が確認できているものに絞っているとしても、Fが抜けているのは不審ですね。小林さんの認定ミス? それとも調査された方の見落とし? 図版を見る限り私もツレのような気がしますが、ただ、私はこの判比量論、文字が読めず中身も全く理解できないので、なんとも言えず。